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「有明海産魚類とその成育環境の保護・保全に係る要請」
 
 
平成19年3月21日
総務大臣 菅 義偉 殿
文部科学大臣 伊吹文明 殿
経済産業大臣 甘利 明 殿
国道交通大臣 冬柴鐵三 殿
農林水産大臣 松岡 利勝 殿
環境大臣 若林 正俊 殿
長崎県知事 金子 原二郎 殿
佐賀県知事 古川 康 殿
熊本県知事 潮谷 義子 殿
福岡県知事 麻生 渡 殿
環境省 水・大気環境局 水環境課
閉鎖系海域対策室 有明海・八代海総合調査評価委員会
委員長 須藤 隆一 殿
日本魚類学会会長 松浦啓一

 日本魚類学会は、環境の悪化など魚類の生息を脅かす原因の究明やその結果の公表を通じて、水域の生物多様性の保全にも取り組んでいます。本学会は、これまでに得られたさまざまな情報から総合的に判断して、独特な動植物が多く生息する有明海の現状に重大な懸念を抱くに至りました。そこで「有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律」に基づいて有明海再生に関わっておられる貴省に、生物多様性条約の締結国としての責務を果たされるよう、有明海産魚類とその生息環境の保全に一層のご高配をいただきたく下記要請いたします。
 有明海は、希少種ムツゴロウやエツなど日本列島が大陸と連続していた氷期に生息していた大陸起源の動物種が20種以上も生息する、きわめて特異な海域です。亜種や地方集団のレベルにおいても、大陸に強い類縁関係を持つものが多く、固有の動物相を構成しています。このような水域は、国内では有明海をおいて他になく、有明海とその生物は、日本列島の歴史を物語る自然遺産です。この貴重な遺産を本来の形で将来の世代に引き継ぐことは、現在の地球に生きる我々の責務です。
 有明海では、近年、海苔・貝類養殖、魚類生産などの生産低下、すなわち「有明海異変」が生じています。その原因として、干拓、河川のダム建設、港湾拡張、動植物の養殖による環境攪乱、特定の魚類による食害など、さまざまな要因が考えられています。魚類については、諫早湾奥部を含む浅海域・干潟域・河口域を主な成育場とする魚種が多いことが分かっており、成育場消滅と環境変化をもたらした諫早湾干拓事業が魚類生産低下のな原因である可能性は否定できません。農林統計の漁獲量減少、赤潮および低酸素水塊の増加と干拓事業進捗との時期的な一致もその推測を裏づけています。
 本学会は、「有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律」に基づく有明海再生事業についても、それが生物多様性維持と漁業生産に及ぼす影響を懸念しております。有明海沿岸各地で試行されている人工干潟は、自然の干潟に代わるレベルには達してはいません。諫早湾の海底に設置計画中とされている構造物(攪拌ブロック)も、生態系の再生どころか、魚類を含む水生動物の回遊や幼生移送に深刻な影響をもたらす恐れがあります。人工構造物は、いったん設置すると、それが除去されるまで環境を撹乱し続けます。土木工学的な事業は、たとえそれが環境再生を目指しているものであっても、環境アセス法に基づいて事業が施工される以前に生態学的な観点から十分に影響を検証することが必要です。また、特定の魚類が貝類を食害する可能性はありますが、食害防除を目的として行われているエイ類の駆除は、同様に生態学的検証を必要としています。いかなる漁業も健全な自然のもとに、生物多様性を前提として成立するものであることを理解すべきです。
 有明海は将来の世代にそっくり残すべき貴重な自然遺産です。その環境の操作に当たっては、土木工学的技術を駆使する前に、有明海の生物の生態を詳細に知り、生物の生態特性を活かす形で事業を進めなければなりません。有明海産生物を再生させるには、諫早湾奥部に干潟と浅海が存在する原状に復帰させ、あるいはその状態に近づけることが基本です。諫早湾は、一旦湾奥部を閉鎖し、大きな環境変化を生じさせてしまっていますから、水門を全開すると予期せぬ事態が有明海に起こるとする農林水産省の推定は考えられないことではありません。しかし、段階的に開放するなどの、環境に大きな影響を及ぼさない開門方法は未だ検討されておりません。諫早湾の生物生産機能を回復させ、有明海に生物を再生させるための開門方法の検討が是非とも必要です。
 有明海の自然の貴重さを認識していただき、諫早湾に原状を復帰させる方法の検討を急ぐとともに、有明海再生事業に際しては、有明海の環境、魚類を初めとする在来水生生物の分布・生息状況に関する事前調査を徹底し、事業の実施においては、生態系と生物多様性が保全されるように慎重に配慮されることを強く要請いたします。