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モラルある淡水魚採集について

日本魚類学会自然保護委員会

 わが国では水辺環境が著しく悪化した結果、河川や湖沼の水生生物は減少し、淡水魚のあるものは絶滅の危機にさらされている。一方、私たちの生活水準が上がりゆとりが生まれるにつれ、一般市民の身近な生き物への関心は高まっている。さらに、農業分野でも水田の多面的機能が見直され、希少淡水魚などを対象とした生物多様性の保護へ配慮するようになってきた。また、地方によっては自治体が積極的に希少淡水魚の保護に乗り出し、市民レベルの保護団体も各地で生まれている。このように、少なくなった淡水魚へのかかわりは、漁業者・行政担当者・一般市民を巻き込み、以前にくらべればより多様で複雑となっている。このような社会情勢の変化を受け、淡水魚を研究対象としている魚類研究者には、野外で淡水魚を採集するにあたり、従来以上に方法や個体数について、調査地周辺の地域状況に応じた配慮をすることが求められている。

1.ルールを守ろう
 魚類研究者が淡水魚を採集するためには、決められたルールを守ることは当然のことである。国や地方自治体が定める関連法規を遵守すべきでことは言うまでもない。
 淡水魚の採集に関連した主な規制は、希少な種の保全を目的とした採集の禁止と、漁業資源の保護を目的とした採集の制限である。前者には「種の保存法」と「文化財保護法」が、後者には「漁業法」や「水産資源保護法」が関係している。
 「種の保存法」の対象となる国内希少野生動植物種に指定されている淡水魚は、ミヤコタナゴ、イタセンパラ、スイゲンゼニタナゴ、アユモドキで、許可がなければ個体の採集は禁じられている。これらの希少淡水魚を特別に採集するためには、「国内希少野生動物種の捕獲にかかわる申請」をしなければならない。申請先は、2005年10月から環境省地方環境事務所または自然環境事務所(釧路・長野・那覇に限る)となっている。また、申請する場合、一般の研究者は「申請書」を提出しなければならないが、大学の学長・総長、試験研究機関の所長・場長名であれば「届出」だけで済む場合もある。
 国の天然記念物に指定されている淡水魚は、文部科学省の所轄する「文化財保護法」によって保護され、原則、採集することはできない。天然記念物は種指定と地域指定に分けられる。種指定されている淡水魚にはミヤコタナゴ、イタセンパラ、アユモドキ、ネコギギがあり、日本中どこであっても許可なく採集することはできない。地域指定には北海道春採湖のヒブナ、宮城県魚取沼のテツギョ、宮城県横山と福島県柳津のウグイ、福井県本願清水のイトヨ、福井県(一部)のカマキリ、福島県賢沼と岐阜県粥川のウナギ、和歌山県(一部)と長崎県(一部)のオオウナギがあり、いずれも指定された地域内では採集することができない。研究目的でこれらの淡水魚の採集が必要な場合、文化庁長官に、教育委員会など地方公共団体の文化財保護担当の部署経由で「現状変更届」を提出する必要がある。
 漁業権が行使されている河川や湖沼では、特別採捕許可を得るか、できれば遊漁証(遊漁承認証)を購入することが望まれる。都道府県の内水面漁業においては、漁業法や水産資源保護法のもと独自の漁業調整規則が設定されている。したがって、特別採捕許可証は都道府県の知事に申請することになる(図1)。申請する所は都道府県庁の水産課であり、自治体によっては都道府県のウェブページから申請書をダウンロードできる。河川の遊漁証は内水面漁業協同組合が発行するもので、釣り道具屋、民宿、現地釣り場で容易に購入できる。遊漁料は年券と日券とに分けられ(図2)、漁業権魚種の増殖のための資金源となる(第五種共同漁業権)。漁業権魚種は放流対象となるイワナ、ヤマメ、アマゴ、アユ、カジカなどが普通で、希少淡水魚の多くは漁業権魚種ではない「雑魚」として扱われる。しかし、漁協によっては雑魚券を設定しているところもあるので、たとえ採集対象が漁業権魚種でなくても、注意が必要である。電気ショッカーやモンドリ、それにスキューバダイビングによる採集行為などは原則、禁止されている。小河川のように漁業権が設定されていない水域でも、禁止漁法・魚種制限や体長制限など漁業調整規則による規制が及ぶ場合があるので、特別採捕許可の必要性について水産課に問い合わせておくべきである。

2.マナーを守ろう
  わが国では、研究活動に対して一般の理解度は比較的大きい。だからといって野外調査時に、研究の名のもとに何でもしてよいというわけではない。調査では、必要以上に誤解を招く行動は慎まなければならない。とりわけ、他地域から遠征した場合は、自らの所属と調査目的を明記した旗等を掲げ、腕章等を身につけるなど、一見して素性が判るような準備をしておくことが望ましい。当然のことながら、駐車場所の選定など採集に付随する行為についても、周囲の住民等に迷惑をかけないよう細心の注意を払う必要がある。
 河川内で採集する場合、漁業協同組合によっては頭大の小岩を移動・反転されることにさえ神経を尖らせるところがあったり、繁殖期にアユ漁場となっている河川の瀬を胴長着用で歩けば、周辺住民から漁協へ通報されることもあるなど、地元の河川漁協の状況に関して事前に十分に把握する努力は惜しむべきでない。また、魚類以外の生物にも配慮が必要である。魚類研究者は、希少な水生植物や底生動物を踏み荒らしている行為に概して無頓着である。
 日本列島において元来湿地に生息していた淡水魚の多くは、現在では水田周辺域に残存している。これらの魚種は、里山の二次的自然環境にたくみに適応している。そのため、環境に配慮し、伝統的稲作を続ける農家の人たちはいわば淡水魚の保護の担い手とも言える。農業用ため池は多くの場合集落によって管理されているが、個人所有のものもある。中山間にあるため池では食用対象としてコイやフナを粗放的に養殖している場合がある。モツゴ類、タナゴ類、メダカなど所有者には価値がないと思われる小型魚であっても、池の管理者・所有者に無断で採集することは慎み、事前に連絡して、許可を得るべきである。また、勝手に水田の中に入り込んだり、畦畔を破壊したりするなど、生産活動に支障をきたす行為は行ってはならない。ましてや、採集効率を上げるために堰板をはずして水流を変更したり、ため池の底樋(そこひ)を抜いたりするなどの行為は言語道断である。そのような行為は、農家の人たちの不信を買うばかりか淡水魚の保護や研究推進にとって不利益となる。

3.公共物としての理解を
  淡水魚の保護に関しては幾つかの法律があるが、上記した漁業権魚種・天然記念物種・種の保存法対象種を除けば、淡水魚を採集する法的な制約は大きくない。それには、わが国では法制度上、海水魚、淡水魚を問わず野生の魚類を従来から無主物として取り扱ってきた背景がある。そのため、“採集物は採集者に帰属する”という社会通念ができ上がり、多くの研究者もその認識を共有しがちであることを自覚すべきである。
 しかし、日本の在来淡水魚の多くが絶滅危惧種に指定されるようになった今日、時代の流れは環境権を唱えるまでに変わってきている。かつては単なる雑魚に過ぎなかった普通の淡水魚までもが、環境指標や文化財でもある公共物としての価値が徐々に認められるようになっている。そのため、“採ったもの勝ち”といった意識を持ったまま他地域から採集に来れば、郷土を愛する地元の人との間でおのずとトラブルが起こるだろう。研究者は、ルールに従い、マナーを守るのはもちろんのこと、地元の人たちとの間で意思の疎通をはかることが肝要である。具体的には、該当水域を管理している漁業協同組合、土地改良区、自然保護団体などに対して事前に連絡して調査に理解を求めることが必要であろう。こうした調整は確かに煩雑ではあるが、周辺情報や協力が得られるだけでなく、むしろ目的とする魚を入手しやすくなることが多い。また野外で魚類を採集する際には、日本魚類学会が推奨する「研究材料として魚類を使用する際のガイドライン」を遵守することが望まれる。採集を行なう見返りに、調査後、採集調査に関する報告を地元の方々をはじめ一般の人たちに知らせることは、ガイドラインが推奨するところでもある。公共目的にかなうためにも、魚類研究者は、今後、より高いモラルを持って責任ある淡水魚採集を心がけることを銘記すべきである。

「2006年11月9日策定]