2023年5月22日に,大阪公立大学梅田サテライトキャンパスにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,日本魚類学会賞候補には宮 正樹氏(千葉県立中央博物館)を,奨励賞候補には小枝圭太氏(琉球大学)を,論文賞候補には以下の3編を選出した.
- Hirase S (2022) Comparative phylogeography of coastal gobies in the Japanese Archipelago: future perspectives for the study of adaptive divergence and speciation.
Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-021-00824-3 (17 July 2021), 69:1–16 (27 January 2022)
- Kimura S, Takeuchi S, Yadome T (2022) Generic revision of the species formerly belonging to the genus Carangoides and its related genera (Carangiformes: Carangidae).
Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-021-00850-1 (23 January 2022), 69:433–487 (4 November 2022)
- 三澤 遼・木村克也・水町海斗・服部 努・成松庸二・鈴木勇人・森川英祐・時岡 駿・永尾次郎・柴田泰宙・遠藤広光・田城文人・甲斐嘉晃(2020)
東北太平洋沖における着底トロールで採集された魚類の分布に関する新知見.魚類学雑誌,doi: 10.11369/jji.20–023(2020年10月2日),67:265–286(2020年11月5日)
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.なお,1名の委員が止むを得ない事情により委員会を欠席したが,評決の際の一票は委員長に委任された.
I. 日本魚類学会賞候補
日本魚類学会賞候補には1名の応募があった.世界の魚類多様性研究において国内外で高い評価を受け,かつ魚類学の普及・啓発に多大な貢献をし,日本魚類学会の発展にも大きく寄与していることを確認し,全会一致で宮 正樹氏を日本魚類学会賞候補とすることを決定した.
宮 正樹氏(千葉県立中央博物館)の選考理由
宮 正樹氏は千葉県立中央博物館に主任上席研究員として在職している.査読付きの原著論文数が181編であり,うち179編が査読制の英文国際誌に掲載され,40編が筆頭著者の論文である.これらの論文はNature誌をはじめ著名な国際誌に掲載され,高く評価されている.特にRoyal Society Open Science 誌にて公表されたMiFish法に関する論文は,同誌がこれまでに出版してきた3,609編の論文のうち,過去12ヶ月ならびに通算の被引用数(728件)で第2位にランクされるなど,高い影響力を誇る.Ichthyological Researchにも10編が掲載されており,その中の1編はThe 9th Indo-Pacific Fish Conference (IPFC9)に関連した特別号(Volume 62, issue 1)に総説論文として掲載されたものである.
同氏は,研究面においては,1997年に魚類ミトコンドリアゲノム全長配列の高速決定法を開発・公表した.この革新的技術開発により,魚類系統について,大系統から末端の系統までさまざまなレベルで見直しをもたらす多くの成果を共同研究者とともに発表するなど,分子系統学分野で世界的に新たな潮流をもたらした.また,次世代シーケンサーがさまざまな研究分野で使用されるようになってきた2015年には,魚類の環境DNAメタバーコーディング(多種同時並列決定)を可能にする新規のMiFish法を開発・公表した.この方法は,水を汲むだけで迅速に魚類群集のモニタリングを可能にするなど,環境DNAの分野だけでなく分子生態学でも新たな潮流を生み出した.現在,MiFish法は,環境DNA分析を用いた魚類群集モニタリングにて,世界的な標準法の一つになっている.これらの同氏の革新的技術開発や一連の研究は高く評価され,181編の原著論文の被引用数が計16,956件(2022年11月25日時点,Google Scholar調べ)に達している.
同氏は一般啓蒙書を含む著書を15冊執筆し(翻訳含む),ラジオ,新聞,雑誌等の各種メディアで100回以上も取り上げられる研究成果もあるなど,魚類学の普及・啓発に大きな貢献をしてきた.日本魚類学会においても,評議員,代議員,編集委員,主任編集委員,編集委員長を歴任するなど,本学会の発展にも大きく寄与している.さらに,同氏は大学とは違う環境である県立の博物館に在籍しながらも,共同研究を通して国内外の多数の大学院生や若手研究員を指導し,後進育成にも努めてきた.
以上のように,同氏のこれまでの魚類学,特に分子系統学・分子系統地理学・進化学・遺伝学・分子生態学に対する貢献は非常に大きく,日本発の2つの革新的技術開発により世界の魚類多様性研究に新たな潮流をもたらしたことがきわめて高く評価される.この顕著な研究業績はもとより,多数の招待講演や国内外の学術雑誌の編集委員長・編集委員などの社会貢献活動,教育・普及活動を通して,魚類学の進展に大きく貢献したことも高く評価できる.以上により,委員会では,宮 正樹氏が今年度の日本魚類学会賞候補に相応しい研究者であるとして選考した.
II. 日本魚類学会奨励賞候補
奨励賞候補には3名の応募があった.いずれの候補者も募集要件を満たし,またそれぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることを確認した.各応募者の研究のインパクトと独創性,国際誌への掲載論文数と質,社会・教育活動での貢献,本学会での活動状況,将来性等を基準に評価を行った.その結果,複数の候補者が委員により推薦された.論文の数,代表論文の独創性,研究分野の幅,社会・教育活動や日本魚類学会への貢献度について,委員の評価が分かれた.最終的には挙手による採決を行い,最も得票数が多かった小枝圭太氏を奨励賞候補とすることを決定した.
小枝圭太氏(琉球大学理学部)の選考理由
小枝圭太氏は琉球大学理学部海洋自然科学科生物系に助教として在職している.論文総数は145編,うち60編が査読制の雑誌に英文で掲載され,43編が筆頭著者の論文である.これらの論文は,魚類学をはじめ,分類学や海洋学,生物地理学などの幅広い国際誌に掲載され,Ichthyological Researchにも7編が掲載されている.図鑑類などの著書も17冊あり,そのうちの5冊が筆頭編者となっている.
同氏はハタンポ科魚類における生活史研究と分類学的研究から研究のキャリアをスタートさせ,種ごとの生活史等を解明しつつ,2新種・2日本初記録種を記載・報告し,日本には2属8種の同科魚類が生息していることを明らかにした.これらの一連の研究は13編の原著論文として査読付き雑誌に掲載されている.なかでも,光るタグを魚体に付けて暗闇のなかで追跡する手法に世界で初めて挑戦した研究では,夜行性であるハタンポ科魚類の夜間の行動や生態を観察し,本科魚類がサンゴ礁の内外を長距離回遊して産卵や摂餌を行うことを解明した.また,このような行動がサンゴ礁生態系におけるエネルギーや物質の流れに重要な役割を果たす可能性があることを示すなど,興味深い発見をした.近年もさまざまな分類群の新種記載を行うなど,精力的に研究を行っている.図鑑類の出版では,1,400を超える魚種を収録した台灣南部魚類圖鑑が,日本の魚類相との良質な比較資料としても,高く評価される.また,東京大学総合研究博物館在職中に,膨大な標本コレクションの整理に取り組み,利用体制の構築を進めたことは,多くの研究者にとって有益となるだろう.
以上のように,同氏のこれまでの魚類学,特に分類学と生態学に関連する多くの業績は,日本近海の魚類多様性に関する研究に大きく貢献していると評価される.日本魚類学会においても,代議員のほか若手の会の会長も務め,本学会の発展に貢献している.さらに,同氏は分類学だけでなく生態学,分子系統学に関する研究手法も習得しており,複数分野の融合研究を発展的に展開していくことが期待される.以上により,委員会では,小枝圭太氏が今年度の魚類学会奨励賞候補に最も相応しい研究者であるとして選考した.
III. 日本魚類学会論文賞候補
論文賞については,自薦および編集委員会推薦による8編を対象に選考した.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献度などを基準に評価を行った.各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べ,それぞれの研究分野での順位付けも行った.その結果,特に得票数や評価の高かった2編を論文賞の候補論文として決定した.また,その2編以外の得票数が高かった論文について,内容の評価や研究分野を再検討した結果,さらにもう1編を論文賞候補とすることにした.最終的に上記3編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Hirase S (2022) Comparative phylogeography of coastal gobies in the Japanese Archipelago: future perspectives for the study of adaptive divergence and speciation. Ichthyological Research, 69:1–16
本論文は,ハゼ科魚類をモデルとして日本列島に生息する沿岸魚類の比較系統地理について,広く概説した総説である.特に,沿岸魚類の日本海系統と太平洋系統の進化史に関して,著者の研究も含めた最新の研究成果を網羅して紹介されている.海洋における異所的種分化や大規模な適応的分化現象を研究する潜在的舞台としての日本近海域の重要性を世界に広く発信するなど,きわめて価値が高い.また,現在までに投稿・出版された唯一の日本魚類学会創立50周年記念シンポジウムに関連する総説であり,その意味でも学会への貢献が大きい.以上から論文賞に相応しいとして選考された.
- Kimura S, Takeuchi S, Yadome T (2022) Generic revision of the species formerly belonging to the genus Carangoides and its related genera (Carangiformes: Carangidae).
Ichthyological Research, 69:433–487
本論文では,これまで単系統性が疑問視されていたアジ科Carangoidesとその近縁の属を対象に,分子系統学的手法と形態的手法から各属の範囲の妥当性を検討している.方法自体はオーソドックスと言えるが,分子系統樹は密なタクソンサンプリングに基づいており,5新属を含む15もの属を定義することに成功していることが高く評価された.それぞれの属に対して,緻密な外部形態と内部形態の観察に基づく差異が提示されているだけでなく,多くのタイプ標本のデータも用いられており,分類学的な安定性が配慮されている点も秀逸である.本研究は高い質と豊富な量のデータに基づいており,アジ科魚類の分類に与えたインパクトも大きいことから,論文賞に相応しいとして選考された.
- 三澤 遼・木村克也・水町海斗・服部 努・成松庸二・鈴木勇人・森川英祐・時岡 駿・永尾次郎・柴田泰宙・遠藤広光・田城文人・甲斐嘉晃(2020)
東北太平洋沖における着底トロールで採集された魚類の分布に関する新知見.魚類学雑誌,67:265–286
本論文は,東北沖太平洋における深海性魚類の分布に関する新知見を報告したものである.日本初記録こそ欠くものの,調査や知見が比較的少ない同海域において,さまざまな分類群からなる計45種の分布情報を更新しており,日本産魚類の多様性とその地理的分布を明らかにする上で重要な知見となる点が高く評価された.また,一部の種ではDNAバーコーディングも併せて実施しており,塩基配列データベースに登録されるそれらのデータは,全世界レベルで知見が乏しい深海種の情報蓄積に大きく寄与するものでもある.以上から,論文賞に相応しいとして選考された.なお,本論文は,魚類学雑誌の記録・調査報告カテゴリーとしては初めて論文賞の候補となるものである.
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