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選考理由  
  2022年度日本魚類学会賞(奨励賞および論文賞)の選考経緯と理由について

学会賞選考委員会委員長 髙橋 洋

 

 2022年7月9日に,大阪公立大学杉本キャンパスにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には平瀬祥太朗氏(東京大学)を,また論文賞候補には以下の2編を選出した.

  • Satoh S, Sowersby W (2021) Mucus provisioning behavior in teleost fishes: a novel model system for the evolution of secretory provisioning in vertebrates. Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-020-00785-z (10 October 2020), 68:1‒10 (27 January 2021)
  • Wada H, Kai Y, Motomura H (2021) Revision of the resurrected deepwater scorpionfish genus Lythrichthys Jordan and Starks 1904 (Setarchidae), with descriptions of two new species. Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-020-00793-z (19 February 2021), 68:373–403 (27 July 2021)

以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.

I. 奨励賞候補
 奨励賞候補には3名の応募があった.いずれの候補者も募集要件を満たし,またそれぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることが確認された.各応募者の研究のインパクトと独創性,国際誌への掲載論文数と質,社会・教育活動での貢献,本学会での活動状況,将来性等を基準に評価を行った.その結果,7名の選考委員全員が平瀬氏を推薦し,全会一致で同氏を奨励賞候補とすることに決定した.

平瀬祥太朗氏(東京大学)の選考理由
 平瀬祥太朗氏は東京大学大学院農学生命研究科に助教として在職している.論文総数は23編で,うち21編が査読制の英文国際誌に掲載され,18編は筆頭(または共筆頭)著者の論文である.これらの論文は,進化学や遺伝学の著名な国際誌に掲載され,高く評価されている.また,21編のうち4編がIchthyological Researchに掲載されており,その中の1編は学会創立50周年記念シンポジウムの講演を総説論文としてまとめたものである.さらに,国際的に著名なMolecular Ecology誌の編集委員に日本人として初めて着任し,集団遺伝学を基礎とする保全・進化生物学に関する論文の査読や編集にも関わっており,専門分野における国際的な評価も高い。
 同氏は,これまでに日本列島に広く生息するハゼ科魚類アゴハゼを主な研究対象とし,分子系統地理学・進化学・遺伝学の観点から,海産魚における系統の分化や交雑のパターンについて,最新のゲノム解析手法や生命情報科学的手法を駆使して,質の高い研究を進め,大きな成果を上げてきた.具体的には,アゴハゼが太平洋系統と日本海系統に分化していること,これらの系統は日本海の隔離イベントに関連して分岐したこと,三陸海岸の極めて狭い範囲にのみ交雑集団が存在することなどを発見した.特筆すべきは,材料に身近な,日本周辺に固有の魚類を用いているにもかかわらず,国際的に評価される論文へと昇華させていることである.最近では,全ゲノムレベルで,アゴハゼだけでなく,シロウオをはじめとする様々な非モデルの海洋生物の遺伝構造や進化史を解明しようとしている.これらの独創的かつ精力的な研究活動に加え,学会創立50周年記念シンポジウムでの講演,その総説論文のIchthyological Research誌への出版など,日本魚類学会への貢献も極めて大きい.
 以上のように,同氏のこれまでの魚類学,特に分子系統地理学・進化学・遺伝学に対する貢献は大きく,日本の魚類研究を世界に発信するという大きな役割を果たしている.また,顕著な研究業績はもとより,日本魚類学会での講演や学術雑誌の編集委員などの社会貢献活動を通して,魚類学の進展に大きく貢献したとして高く評価できる.さらに,同氏は常に最先端の手法を取り入れ,新規の発見に繋げており,今後もその活躍が大いに期待される.以上より,委員会では,平瀬祥太朗氏が今年度の魚類学会奨励賞候補に最も相応しい研究者であるとして選考した.

II. 論文賞候補
 論文賞については,自薦および編集委員会推薦による8編を対象に選考した.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べ,投票による第一次選考を行った.得票数の多かった1編を除いては,得票数が似通っていたため,慎重に議論し,研究分野を考慮した上で投票による二次選考を行った.一次選考と二次選考ともに得票数の最も多かった1編を論文賞候補として決定した上で,次に得票数の多かった3編を三次選考の対象とした.三次選考では,研究分野,研究内容の重要性やインパクトについての議論を行い,投票により,3編のうち1編を論文賞候補として決定した.最終的に上記2編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.

  • Satoh S, Sowersby W (2021) Mucus provisioning behavior in teleost fishes: a novel model system for the evolution of secretory provisioning in vertebrates. Ichthyological Research, 68: 1‒10
 本論文は,硬骨魚類における子育て,特に親から子への粘膜給餌行動の種内・種間の違い,機能,損益について概説した総説論文である.これまで硬骨魚類では様々な子育て戦略が報告されてきたが,孵化後の給餌に関する知見は少なく,また報告が研究論文や一般向け雑誌の記事などに散在していたため,全体を俯瞰することが難しかった.著者らの観察や文献調査から,硬骨魚類において,粘膜給餌行動は,これまで考えられているよりも幅広い分類群で存在し,独立した系統で複数回進化した可能性があることなどを明らかにした.本論文は,魚類における粘膜給餌行動の多様性と機能に関して,進化生態学的観点から包括的にレビューしたユニークかつ貴重な総説であり,魚類の繁殖生態学の理解に大きく貢献するものとして高く評価され,論文賞に相応しいとして選考された.
  • Wada H, Kai Y, Motomura H (2021) Revision of the resurrected deepwater scorpionfish genus Lythrichthys Jordan and Starks 1904 (Setarchidae), with descriptions of two new species. Ichthyological Research, 68: 373–403
 本論文では,形態学的な比較検討を主軸にし,かつ分子系統学的な補助を加えることでアカカサゴ属Lythrichthysの有効性を再び定義したモノグラフである.また,再定義したアカカサゴ属の分類学的再検討を実施し,本属が2新種を含む5種で構成されることを明らかにした.これまで形態の類似性からシロカサゴ属も含め分類が混乱していたアカカサゴ属の安定的な種同定が,本論文によって可能となり,各種の正確な地理的な分布も明らかにされた.これらの成果は,知見の乏しい深海性魚類の種多様性解明に大きく貢献するものとして高く評価され,また,形態と分子の双方からの分類による結果の信頼性,理解しやすい図の工夫も評価できることから,論文賞に相応しいとして選考された.
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