2020年6月3日に,オンラインにて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には松沼瑞樹氏(近畿大学)を,論文賞候補には以下の3編を選出した.
- Furumitsu K, Wyffels JT, Yamaguchi A (2019) Reproduction and embryonic development of the red stingray Hemitrygon akajei from Ariake Bay, Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-019-00687-9 (21 March 2019), 66:419-436 (6 November 2019)
- Muto N, Kai Y, Nakabo T (2019) Taxonomic review of the Sebastes vulpes complex (Scorpaenoidei: Sebastidae). Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-0641-8 (29 May 2018), 66:9-29 (25 January 2019)
- (著者辞退につき削除)
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補
奨励賞候補には5名の応募があった.選考委員(7名)からそれぞれが推薦する応募者と推薦理由が述べられ,業績の圧倒的な数の多さや質の高さ,また本学会が出版する学術誌への貢献度などから,委員全員が松沼氏を推薦し,全会一致で松沼氏を奨励賞候補者とすることに決定した.
松沼瑞樹氏(近畿大学)の選考理由
松沼瑞樹氏は近畿大学農学部環境管理学科に助教として在職している.査読付き論文の総数は62編で,うち40編が筆頭著者の論文である.英文国際誌が40編あり,うち13編がIchthyological Researchに掲載されている.日本語論文は22編で,うち13編が魚類学雑誌に掲載されている.英文論文としては,属や種群の分類学的な再検討を行った大部の論文を5編発表しており,そのうちの一つは2018年に日本魚類学会論文賞(英文誌)を受賞している.さらに2018年より日本魚類学会編集委員を務め,2019年からは英文誌主任として日本魚類学会の発展と運営に多大な貢献が認められる.
同氏は,これまでにフサカゴ科ミノカサゴ亜科,ハタ科ヒメコダイ属,チョウセンバカマ科,イットウダイ科エビスダイ属やオニオコゼ科ヒメオコゼ属など熱帯・亜熱帯性魚類を中心として多様な魚類の分類学的研究を精力的に行ってきた.緻密な標本調査に基づく形態分類により,多くの分類学的な問題点を解決し,インド-西太平洋域における魚類の基礎的知見の蓄積・整理に大きく貢献してきた.また,近畿圏を中心とした魚類相調査を進めて自然史標本として保存する活動や,魚類標本コレクションの充実とデータベース化する活動を精力的に進めている.
同氏はこのように旺盛な研究活動を続けている一方で,大阪府八尾市や奈良県生駒市の自治体やNPOなどが主催する自然観察会や絶滅危惧の淡水魚類の保護活動に積極的に参加・協力している.このような社会貢献活動を通して魚類学の普及・啓発を推進しており,魚類学の進展に大きく貢献するものである.これらのことから委員会は,松沼瑞樹氏を今年度の魚類学会奨励賞候補に最もふさわしい研究者として選出した.
II. 論文賞候補
論文賞については,他薦,自薦,および編集委員会推薦による9編を対象に選考した.これらの論文について,各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べ,推薦者の多かった5編を2次選考の対象とした.次いで,これらの候補に対して,研究内容の重要性やインパクトなどを考慮して議論を行い,再び各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べて,推薦者の多い3編に候補を絞った.3編の論文について議論を交わした結果,それぞれが研究分野の異なる質の高い論文であることから,全員一致で3編を論文賞候補として決定した.以下に各論文が高く評価された理由を記す.
- Furumitsu K, Wyffels JT, Yamaguchi A (2019) Reproduction and embryonic development of the red stingray Hemitrygon akajei from Ariake Bay, Japan. Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-019-00687-9 (21 March 2019), 66:419-436 (6 November 2019)
本論文は,東アジアの沿岸域で食用として広く利用されているアカエイについて,有明海で12年間にわたって採集された1,418個体(雄682個体,雌736個体)にもとづいて,その繁殖生態と胎仔の発達過程を明らかにしたものである.多数の標本に基づき,雌は雄よりも大きなサイズで性成熟に達すること;交尾期間は10月から4月だが,排卵はその後の5月に集中しており,雌が精子貯蔵をしているらしいこと;雌は子宮内で脂質を分泌して胎仔を育て,約3か月の妊娠期間を経て7月下旬から8月上旬に出産すること;胎仔数は7-25で,報告例のあるエイ類の中では最多であること等を明らかにしている.さらに,胎仔の発達過程を形態学的特徴に基づいて9段階に分けて記載し,他のエイ類でも利用できる区分を提案した.このように本論文は,本種の保全上重要な,また,板鰓類の研究上有用な多くの情報を提供しているだけでなく,Ichthyological Researchで初の生態学分野のモノグラフであり,その完成度の高さから今後の良い手本になるという点も含めて,論文賞にふさわしいと判断した.
- Muto N, Kai Y, Nakabo T (2019) Taxonomic review of the Sebastes vulpes complex (Scorpaenoidei: Sebastidae). Ichthyological Research, doi:10.1007/s10228-018-0641-8 (29 May 2018), 66:9-29 (25 January 2019)
本論文は,メバル属キツネメバル種群(キツネメバル,タヌキメバル,コウライキツネメバル)の分類学的な混乱を,集団遺伝学的なデータを効果的に援用して解決したものである.本種群には,著者らの先行研究により交雑個体の存在が知られていたが,本論文ではまず,複数の遺伝子座情報にもとづくクラスタリングによって各標本が帰属する繁殖集団(=種)を確率的に識別した.さらに,この結果に基づいてグループ分けした標本集団について,形態的特徴の多変量解析による比較を行い,種ごとおよび交雑集団の形態的特徴を明らかにした.その上で最後に,タイプ標本との形態比較を行い,適用すべき学名とシノニム関係を明らかにした.本論文は,種間交雑の起こっている種群に対して分類学的な解決を与える一つの有力な方法を提示したと評価でき,さらに今後様々なケースに応用されて,魚類の分類学,集団遺伝学,さらには進化生物学に寄与する知見が蓄積される切掛になると期待されることから,論文賞にふさわしいと判断した.
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