|
2019年6月21日に,名古屋駅前イノベーションハブにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には乾 隆帝氏(福岡工業大学)を,また論文賞候補には以下の2編を選出した.
- Kitanishi S, Hayakawa A, Takamura, K, Nakajima J, Kawaguchi Y, Onikura N, Mukai T (2016) Phylogeography of Opsariichthys platypus in Japan based on mitochondrial DNA sequences. Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-016-0522-y (8 April 2016), 63: 506-518 (7 November 2016)
- Sawai E, Yamanoue Y, Nyegaard M, Sakai Y (2017) Redescription of the bump?head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-017-0603-6 (5 December 2017), 65: 142-160 (25 January 2018)
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補
奨励賞候補には3名の応募があった.選考委員(7名)からそれぞれが推薦する応募者と推薦理由が述べられ,業績数の圧倒的な多さや成果の幅広さ,本学会が出版する学術誌への貢献度,今後見込まれる研究・社会活動の将来性等の点で,委員全員が乾氏を推薦し,全会一致で乾氏を奨励賞候補者とすることに決定した.
乾 隆帝氏(福岡工業大学)の選考理由
乾 隆帝氏は応募時には山口大学大学院創成科学研究科に特命助教として在職し,現在は福岡工業大学社会環境学部社会環境学科に准教授として在職している.査読付き論文の総数は91編で26編は筆頭(または共筆頭)著者の論文である.英文国際誌に26編,うち13編がIchthyological Researchに,日本語論文は65編で,うち6編が魚類学雑誌に掲載されている.日本魚類学会の学術誌で多くの論文を発表する一方で,日本語論文のうち48編は,水工学論文集,河川技術論文集,土木学会論文集など,水域環境の応用技術を扱う雑誌に寄稿し,魚類を中心とする水辺の生物の生息環境や生物相の推定に関する論文を発表している.学会発表やシンポジウム企画の合計は58件に上り,うち招待講演が10件,シンポジウム企画は4件をかぞえ,2013年度日本魚類学会シンポジウムでは「生物多様性解析のフロンティア:魚類の保全管理に生かす」でコンビーナーを務めた.また,環境省のレッドデータブックをはじめとする6編の著書も執筆している.以上の成果発表や学会活動から,同氏は,魚類学会を主要な活動の場の一つとしながら,土木工学方面にも活躍の場を持ち,魚類とその生息環境の保全に向けて,実際面により踏み込んだ幅広い研究活動を精力的に展開していると評価できる.
同氏はこれまでに,汽水域や河川に生息する魚類を主な研究対象とし,フィールドワークにより収集した魚類の分布と環境データにもとづき,GIS(地理情報システム)や水理シミュレーションモデルを駆使して,様々な環境因子と魚類分布の関係を解析し,さらには,これらの情報を統合して潜在的な分布パターンを推定する空間モデルの構築で成果を上げてきた.また最近では,環境DNAを用いた生物相調査の技術開発でも成果を上げている.これら汽水・淡水魚の保全に直結する基礎知見の集積で大きく貢献していることに加え,同氏は環境省希少野生動植物種保存推進員を務めるほか,国交省各所事務所が主催する多数の委員会に専門委員として参加し,実際の保護行政にも大きく貢献している.
筆頭著者でない共著論文65編のうち第二著者のものが22編もあり,様々な共著者と,自身の貢献度の高い,多岐にわたる共同研究を行ってきたことも評価に値する.上述のように同氏は,汽水・淡水域の魚類の保全に向けて科学上,実務上の大きな貢献をしている点で高く評価されるが,さらに,これまでの共同研究の傾向から,今後も多方面の専門家と幅広い共同研究を展開することが期待できる.これらのことから委員会は,乾 隆帝氏を今年度の魚類学会奨励賞候補に最もふさわしい研究者として選出した.
II. 論文賞候補
論文賞については,自薦および編集委員会推薦による11編(1編は自薦と委員会推薦の両推薦)を対象に選考した.これらの論文について,各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べ,推薦者の多かった8編を2次選考の対象とした.次いで,これらの候補に対して,研究内容の重要性やインパクト,研究に要した労力,研究分野のバランスなどを考慮して議論を行い,再び各委員が自身の推薦する論文とその推薦理由を述べて,推薦者の多い4編に候補を絞った(これ以降の過程では,候補論文の著者でもある選考委員は議論・選考には加わらなかった).このうち1編は第一著者のCorresponding author が非会員で論文賞の対象とならないことが判明して候補から外れ,もう1編は結論の弱さや考察の物足りなさが指摘された.最終的には合議による全員一致で,上記の2編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Kitanishi S, Hayakawa A, Takamura, K, Nakajima J, Kawaguchi Y, Onikura N, Mukai T (2016) Phylogeography of Opsariichthys platypus in Japan based on mitochondrial DNA sequences. Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-016-0522-y (8 April 2016), 63: 506-518 (7 November 2016)
本論文は,普通種として馴染み深い純淡水魚のオイカワについて,現在の分布域全体をカバーする多地点(124地点)から多数の標本(788個体)を収集し,ミトコンドリアDNAシトクロムb(Cytb)遺伝子の塩基配列に基づいて,比較的明白な系統地理的構造とその人為的攪乱の様子を浮かび上がらせた.解析したDNAがミトコンドリア(mt)DNAに限られ,交雑の状況が検証されていない点に物足りなさはあるものの,逆に交雑の影響の出ないmtDNA塩基配列を解析対象にすることにより,系統地理的構造とその攪乱の様子を比較的明白な形で提示することに成功しているといえる.本論文で明らかにされた3つの地域系統(東日本,西日本,九州)の存在は,日本の淡水魚類相の成り立ちに新たな視点を提供しており,また,琵琶湖産(西日本系統)オイカワのミトコンドリアハプロタイプが日本中に分布を拡大している様子は,本種の在来集団の存続が分布域全体にわたって危機的状況に置かれていることを強く示唆している.本論文は,大規模な標本収集を通して,日本の淡水魚類相の成り立ちとその保全の両方に重要な知見を提供したと評価でき,論文賞に相応しいと判断した.
- Sawai E, Yamanoue Y, Nyegaard M, Sakai Y (2017) Redescription of the bump-head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, doi: 10.1007/s10228-017-0603-6 (5 December 2017), 65: 142-160 (25 January 2018)
本論文は,マンボウ属全3種のうちの2種について,適用される学名を整理したものである.マンボウ科全56名義種の文献調査と,本属の全タイプ標本の探索と形態観察により,まず,ウシマンボウにはMola alexandrini (Ranzani, 1839) が適用され,再発見されたホロタイプと一般標本21個体に基づき再記載がなされた.一方,マンボウについては,これまで広く用いられていたMola mola (Linnaeus, 1758) にはタイプ標本がなく,かつ,記載文は近縁な別属の種を混同したものであることが判明した.古くから使用されているこの学名を無効にすると世界的な混乱が生じる懸念があるため,著者らは,タイプ産地が同じ新参異名の一つのホロタイプをM. mola のネオタイプに指定し,これまでどおりマンボウの学名としてはM. mola が適用される措置をとった.マンボウ属の分類を整理した本研究は,手法的にはオーソドックスだが,受け入れやすい適切な処置が施されている.また,一般に関心が高い魚類のため波及効果が大きく,「世界最重量硬骨魚」はマンボウではなく,ウシマンボウ(千葉県鴨川産,2300 kg)であることが判明し,ギネス世界記録が更新されて世界中でニュースとなったことから,本論文のダウンロード回数はIchthyological Research 誌(IR)では異例の8600回となっている(2019.7.12.現在).本論文は,学名の安定性を考慮した適切な分類学的措置が評価できるとともに,IRの認知度を高めた点で本学会に大きく貢献したと評価でき,論文賞に相応しいと判断した.
|
|