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2018年5月30日に,名古屋駅前イノベーションハブにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には川口眞理氏(上智大学)を,また論文賞候補には以下の3編を選出した.
- Takahashi H, Kondou T, Takeshita N, Hsu TH, Nishida M (2016) Evolutionary process of iwame, a markless form of the red-spotted masu salmon Oncorhynchus masou ishikawae, in the Ôno River, Kyushu. Ichthyological Research, 63: 132-144
- Matsunuma M, Motomura H (2017) Review of the genus Banjos (Perciformes: Banjosidae) with descriptions of two new species and a new subspecies. Ichthyological Research, 64: 265-294
- Kawanishi R, Dohi R, Fujii A, Inoue M, Miyake Y (2017) Vertical migration in streams: seasonal use of the hyporheic zone by the spinous loach Cobitis shikokuensis. Ichthyological Research, 64: 433-443
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補
奨励賞候補には7名の応募があった.いずれの候補者も募集要件を満たし,またそれぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることが確認された.各応募者の研究のインパクトと独創性,国際誌への掲載論文数と質,社会・教育活動での貢献,本学会での活動状況,将来性等を基準に評価を行った.その結果,特に評価の高かった3名について討議し,最終的には投票により川口眞理氏を奨励賞候補に決定した.
川口眞理氏(上智大学)の選考理由
川口眞理氏は上智大学理工学部物質生命理工学科に准教授として在職している.論文総数は31編で,うち29編が査読制雑誌に掲載され,さらに15編の筆頭著者の論文がある.これらの論文は, Environmental Biology of Fishes,Journal of Experimental Zoology,BMC Evolutionary Biologyなどの魚類学,動物学,進化学の国際誌に掲載され,高く評価されている.また,2015年より編集委員として日本魚類学会における活動が認められる.さらに,5件の日本魚類学会年会での発表に加え,国内外の学会・シンポジウムにおける発表が104件(筆頭発表者45件)にのぼり,研究活動も極めて顕著であると判断された.
同氏は,これまでに魚類の孵化に関する発生生理・進化学的研究,特に魚類の孵化酵素の構造と機能の多様性について,様々な分類群の多様な魚種を対象に生理学,発生学,分子進化学の側面から質の高い研究を活発に進め,大きな成果を上げてきた.その中で特筆すべきは,産卵環境や孵化環境に適応した形で,魚類の孵化酵素とその基質となる卵膜の共進化を見出した研究,および魚類の孵化酵素遺伝子群が系統に沿ってダイナミックに進化していることを解明した研究が挙げられる.また最近では,特殊な孵化環境であるタツノオトシゴ類の育児嚢に注目し,多角的な研究アプローチからその機能や形成機構を明らかにしようとしている.これらの独創的かつ明快な問題設定に基づく精力的な研究活動に加え,魚類の複雑な系統関係の一般への啓発・普及のために,高いデジタルイラスト作成スキルを活かして,「おさかな周期表」を考案・作製し,ウェブ上で公開している.
以上のように,同氏は魚類の孵化現象を対象とした発生生理学や分子進化学の分野での顕著な研究業績はもとより,日本魚類学会や社会啓発活動を通して,魚類学の進展に大きく貢献したとして高く評価され,また将来にわたってその活躍が大いに期待される.これらのことから,委員会では,川口眞理氏が今年度の魚類学会奨励賞候補に最も相応する研究者であるとして選考した
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II. 論文賞候補
論文賞については,自薦および編集委員会推薦による10編を対象に選考した.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.その結果,特に評価の高かった5編について討議した.この5編はおおまかに3つの異なる研究分野に区分され,いずれも論文賞候補になりうるものと評価されたが,学会賞選考委員会の運営細則に照らして,各分野1編を選出することとした.最終的には合議による全員一致または投票により,上記3編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Takahashi H, Kondou T, Takeshita N, Hsu TH, Nishida M (2016) Evolutionary process of iwame, a markless form of the red-spotted masu salmon Oncorhynchus masou ishikawae, in the Ôno River, Kyushu. Ichthyological Research, 63: 132–144
本論文は,サケ科の形態的特徴であるパーマークなどの模様がない“無斑アマゴ(イワメ)”の進化的起源に関して,核DNA(AFLP)とmtDNAを用いた集団遺伝学的解析からアプローチしたものである.イワメと通常の表現型を示すアマゴが共存する大分県大野川水系における詳細な分布調査と集団構造解析から,両タイプはmtDNAハプロタイプを共有しているものの,核DNAでは異なったクラスターに分けられることを明らかにした.また,イワメの水系内での出現パターンや極めて低い遺伝的多様性レベルから,イワメの示す表現型の進化要因として,遺伝的浮動による表現型固定が有力であると推察している.さらに,サクラマス種群における信頼性の高い系統樹から各水系のイワメが多系統的に出現したことを明らかにし,通常のアマゴから水系ごとに独立して進化したことを見出した.本論文は非常にユニークな現象を扱っているが,解析の精緻さや詳細な論議から,サケ科魚類を含めた日本列島の淡水魚類における系統地理や表現型進化の理解に大きく貢献するものと評価され,論文賞に相応しいとして選考された.
- Matsunuma M, Motomura H (2017) Review of the genus Banjos (Perciformes: Banjosidae) with descriptions of two new species and a new subspecies. Ichthyological Research, 64: 265–294
本論文は,東インド洋から西太平洋域にかけて分布し,これまでBanjos banjos(Richardson, 1846)チョウセンバカマ1種のみを含むと考えられてきたBanjosチョウセンバカマ属について,ホロタイプとほぼ分布域を網羅する多数の標本を基に,分類学的再検討を行ったものである.本論文では2新種と1新亜種を記載して,本属に3種2亜種を認めた.また,それらの分布パターンと成長に伴う形態の変異も詳細に比較検討した点が高く評価された.とくに,Banjos banjosの2亜種は北西太平洋とインドネシアから北西オーストラリア沿岸の東インド洋に出現し,いくつかの魚類で知られる反熱帯分布のパターンを示すことを明らかにした.これらの成果は,今後のインド—西太平洋域の魚類の種分化や生物地理学的研究に大きく貢献するものと評価され,論文賞に相応しいとして選考された.
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Kawanishi R, Dohi R, Fujii A, Inoue M, Miyake Y (2017) Vertical migration in streams: seasonal use of the hyporheic zone by the spinous loach Cobitis shikokuensis. Ichthyological Research, 64: 433–443
本論文は,生態に不明な点が多い希少淡水魚ヒナイシドジョウCobitis shikokuensisを対象に,20ヶ月におよぶ野外調査から,その生息場所利用の詳細を解明したものである.1–2週間ごとの詳細な野外調査から得られた1,000を越えるサンプルを解析することで,本種の河川–河床間隙水域間の季節的な移動の実態を明らかにし,河床間隙水域が本種の越冬場所として重要であることを見出した.本論文は,綿密で精力的な野外調査に加えて,無脊椎動物の研究で用いられてきたポンプサンプリングを応用した手法を適用することで,河床の地下部という調査が困難な水域での本種の生息密度を定量した点に特色がある.本論文の成果は,絶滅が危惧される本種の生息環境を保全する上での有益な知見の提供という保全生態学的な意義に加え,これまでほとんど注目されてこなかった河床間隙水域の魚類生息場所としての重要性を示したという河川生態学上の貢献が大きく評価され,論文賞に相応しいとして選考された. |
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