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2014年5月28日に,国立科学博物館筑波研究施設において学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には鹿野雄一氏(九州大学)を,また論文賞候補には以下の2篇を選考した.
- Onikura N, Nakajima J, Miyake T, Kawamura K, Fukuda S (2012) Predicting distributions of seven bitterling fishes in northern Kyushu, Japan. Ichthyological Research, 59:124-133.
- 平田智法・小栗聡介・平田しおり・深見裕伸・中村洋平・山岡耕作 (2011) 高知県横浪半島のサンゴ群集域にみられる魚類群集の季節的変化.魚類学雑誌,58:49-64.
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補
奨励賞には3名の応募(すべて他薦)があった.いずれの候補者も奨励賞を受けるに相応しい研究業績を有していると判断され,それぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることが確認された.各応募者の研究活動のインパクト,国際誌への掲載論文数,将来性,研究活動の状況等を基準に評価を行った.研究および活動内容について詳細に討議した結果,最終的に全員一致で鹿野雄一氏を選出した.
鹿野雄一氏(九州大学)の選考理由
鹿野雄一氏は2013年12月31日時点で39歳で,九州大学アジア保全生態学センターに特任助教として在籍している.論文総数は31編で,うち筆頭著者論文は18編である.総数のうち11報が国際誌に,8報がIchthyological Researchまたは魚類学雑誌に掲載されており,Ichthyological Researchに掲載された論文(佐渡島におけるドジョウの生態地理的研究)では,2012年度に日本魚類学会論文賞を受賞している.
同氏はこれまで,アクセスに困難を伴う国内外のフィールドを果敢に開拓し,そこに生息する淡水魚類ついて貴重な研究成果を上げてきた.とくに,西表島における研究では,高度な登攀技術を駆使した調査により,滝により分断された環境におけるヨシノボリ類の平行的な種分化の実態に迫る特筆すべき成果をあげた.また,白神山地におけるイワナ個体群の研究では,半年間の野営生活を送りながら調査を行い,原生状態では河川スケールと魚類バイオマスの間に高い相関があることを示した(日経サイエンス創刊三十周年記念論文賞を受賞).中国の東苕渓における研究では,極度に汚染された河川に身を挺して入り,運搬船の航行を含む人間活動が魚類相を単純化させていることを示した.最近では,中国に加えて東南アジアにおいても現地研究者との信頼関係を構築して協働し,アジアを舞台に淡水魚の多様性保全を目指した活動を行っている.
同氏は,コンピュータプログラミングの技能を駆使して様々なデータベースをオンライン公開するという,研究成果の普及公開活動においても顕著な成果を上げてきた.このような能力を,高度なフィールド調査能力と併せ持つ同氏は,研究者として卓越した水準にあり,将来の活躍がたいへん期待される.したがって,鹿野雄一氏を2014年度魚類学会奨励賞に最もふさわしい若手研究者として選出した
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II. 論文賞候補の選考について
論文賞については,自薦および編集委員会推薦による8編を対象に候補を選考した.これらについて,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,研究の困難度に対する達成状況,各専門分野と魚類学の発展への寄与などを基準に選考し,全員一致で上記2編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Onikura N, Nakajima J, Miyake T, Kawamura K, Fukuda S (2012) Predicting distributions of seven bitterling fishes in northern Kyushu, Japan. Ichthyological Research, 59: 124-133
鬼倉徳雄氏ほかによる本論文は,九州北部におけるタナゴ亜科魚類7種(外来亜種を含む)について,分布予測モデルを構築し,在来種の保全に関する議論を行ったものである.本論文では,著者ら自身が長年積み上げてきた1,000地点を超す膨大なデータを用いて,一般化線形モデルによる分布予測モデルの構築と検証が行われ,ほとんどの種で高い精度のモデルが得られている.その分布予測モデルをもとに,環境要因の空間スケールを考慮に入れた,環境復元に向けた丁寧な議論が行われている.さらに希少種ニッポンバラタナゴの潜在的リスクである大陸産亜種タイリクバラタナゴの出現予測を行い,侵入の現状評価と在来種の保全への提言につなげている.以上のように,本論文は長年の地道な調査研究に基づきつつ,現代的な解析を適切に適用することで,生物分布要因の理解を深め,保全のための一般的また具体的議論を展開した優れた論文である.したがって,本論文は今後の生物地理学や保全生物学研究の規範のひとつとなるものとして,全員一致で論文賞に相応しいと判断した.
- 平田智法・小栗聡介・平田しおり・深見裕伸・中村洋平・山岡耕作 (2011) 高知県横浪半島のサンゴ群集域にみられる魚類群集の季節的変化.魚類学雑誌,58: 49-64
平田智法氏ほかによる本論文は,土佐湾中央部沿岸の岩礁域に発達した造礁サンゴ群落を調査地とし,観察される魚類群集の季節的変化と年変動を4年の長期にわたる定期調査により明らかにした労作である.海洋という天候の影響を著しく受けるフィールドにおいて,毎月1回欠かさず行われた潜水調査により得られた貴重な観察データは,観察者の豊富な潜水経験と同定技能に裏打ちされた質の高いものと判断された.南方系魚類と温帯系魚類が混在する温帯域の造礁サンゴ群落という興味深い生息場所において,出現する各種の個体数と推定全長を長期にわたり継続的に記録した本論文は,今後の魚類群集研究に資する基礎資料を提供するものとして高く評価できる.調査地における魚類群集構造の年と月の変動に関する解析は手法的に高度ではないものの,徹底した野外観察データを提示する本論文は,日本の沿岸魚類群集への黒潮の影響に興味を持つ多くの研究者やナチュラリストを強く刺激するものであり,同分野の今後の研究進展を促すものと期待される.以上のことから,全員一致で論文賞に相応しいと判断した.
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