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2012年6月1日に,国立科学博物館において学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には安房田智司氏(新潟大学)を,また論文賞候補には以下の2編を選考した.
- Kano Y, Kawaguchi Y, Yamashita T, Shimatani Y (2010) Distribution of the oriental weatherloach, Misgurnus anguillicaudatus, in paddy fields and its implications for conservation in Sado Island, Japan.
Ichthyological Research, 57: 180-188
- 高田未来美・立原一憲・西田睦 (2010) 琉球列島におけるフナの分布と生息場所:在来フナと移植フナの比較. 魚類学雑誌 57: 113-123
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補
奨励賞候補には3名の応募があった.
いずれの候補者も奨励賞候補者として相応する研究業績を有しており,それぞれの研究分野において活躍していることを確認した. その後,各応募者の研究のインパクトと独創性,国際誌への掲載論文数,将来性,教育面での貢献,本学会での活動状況等を基準に評価を行った.審査の過程では候補者以外の応募者を推す意見もあったが,研究および活動内容について詳細に検討討議した結果,全員一致で安房田智司氏を選考することに決定した.
安房田智司氏(新潟大学)の選考理由
安房田智司氏は現在35歳で,新潟大学理学部付属臨海実験所に助教として在籍している. 論文総数は23編で,うち21編が査読制雑誌に掲載されている.筆頭著者論文がBehavioral Ecology, Behavioral Ecology and Sociobiology, Ethologyなど,行動学および行動生態学のトップジャーナルに掲載され,国際的に評価されているほか,Ichthyological Researchにも2編の論文が掲載されるなど,日本魚類学会においても活躍していると評価された.
同氏は,これまでカワスズメ科魚類を主な研究対象として,行動生態学の立場から魚類の繁殖戦略について精力的に取り組んできた.アフリカのタンガニイカ湖のカワスズメ科魚類については,これまでに多くの研究者が調査を行ってきたが,同氏はJulidochromis ornatusについて全く新しい繁殖システムを明らかにした.本種では一夫一妻,一夫多妻,協同的一妻多夫,多夫多妻と多様な婚姻形態が個体群内にあり,それは繁殖グループ内の個体間の協力・対立関係によって決まる.協同的一妻多夫では,多くの場合に非血縁個体がヘルパーになるとともに,ヘルパーも次世代に遺伝子を残すことができ,雄間では精子競争が生じることが解明された.このような繁殖システムは魚類では初めての発見であり,鳥類やほ乳類の研究者にも注目されている.また,タンガニイカ湖以外の魚類の繁殖システムの多様性についても,統一的理解を目指した論文や学会発表を行っている.近年では日本のリュウキュウアユの摂餌なわばりと保全について論文発表を行うなど,研究活動の領域を拡げている.日本魚類学会では2011年度に魚類の行動生態学についてシンポジウムを企画し,講演においても積極的に質問するなど,学会への貢献も大きい.また,大学においては臨海実習やスノーケリング教室を通して,大学生だけでなく一般の中学高校生や家族を対象に,魚類の行動観察の楽しさを教えている.
以上のように,安房田智司氏は魚類の行動生態学分野での抜き出た研究業績はもとより,日本魚類学会や社会活動を通して,魚類学の進展に大きく貢献したとして高く評価され,また将来にわたってその活躍が大いに期待される.これらのことから,委員会では,安房田智司氏が魚類学会奨励賞候補に最も相応する研究者であるとして選考した.
II. 論文賞候補の選考について
論文賞については,自薦および編集委員会推薦による9編を対象に選考を行った.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.その結果,評価の高かった4編について討議し,最終的には合議のもとに全員一致で上記の2編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Kano Y, Kawaguchi Y, Yamashita T, Shimatani Y (2010) Distribution of the oriental weatherloach, Misgurnus anguillicaudatus, in paddy fields and its implications for conservation in Sado Island, Japan.
Ichthyological Research, 57: 180-188
論文では,まず初めに佐渡島の水田地帯におけるドジョウの現在の分布を詳細に調査した結果から,GIS(地理情報システム)を利用しつつ,ドジョウの生息と環境要因との関係を解析した.その結果,コンクリート化されていない水路,水田と排水路との水位差の小さいこと,周辺における水田の割合が高いことがドジョウの生息にとって重要であった.一方,給水がポンプアップや他の水田からの田越し灌漑による場合,ドジョウは生息していないことが多かった.島の古老に聞き取りを行ったところ,かつてドジョウは全島に分布していたが,農薬の使用によって減少したという.このことは,ドジョウの分布は潜在的には現在よりも広がる可能性を示す.そこで著者らは,GISデータとモデル選択により,ドジョウの潜在的生息可能地域を計算した.その結果、周辺の水田の割合を選択基準とした場合がもっともモデルに適合し,その予測によるとドジョウの生息可能性は国仲地区(島の中央部)でもっとも高く,小佐渡(南部)および大佐渡(北部)では低かった.次に,周辺の水田の割合のほかに,魚道を設けて水田と排水との水位差を解消した場合を予測すると,小佐渡,大佐渡地区での生息可能性が増大した.一方,水路をコンクリート化し,水田と水路の水位差を増大し,ポンプによって給水した場合,ドジョウは国仲地区の一部にしか生息しなくなると予測された.以上の結果は,過去から現在を経て未来にわたるドジョウの分布を最新の解析手法と詳細な調査によって明らかにしたものであり,新しい発見と保全生態学上重要な結果を含むものである.論文の被引用度も高く,論文賞候補に相応するとして選考された.
- 高田未来美・立原一憲・西田睦 (2010) 琉球列島におけるフナの分布と生息場所:在来フナと移植フナの比較. 魚類学雑誌 57: 113-123
本論文は,琉球列島の15の島の81もの水域におけるフナ類Carassius auratusの分布を調査し,さらに得られた485個体について系統判別を行い,在来の系統と移植系統が分布することを明らかにしたものである.在来の系統は琉球列島に広く分布し,主に自然水域に生息していた.一方,移植された系統は貯水池などの人為的な水域に散発的に分布していた.これらの倍数性を調べたところ,在来系統は二倍体のみか,二倍体と三倍体から構成されていたのに対して,移植系統はしばしば三倍体のみから構成されていた.このほか,性比や体長分布にも,両者には違いが認められた.これらの結果は,移植系統の由来の推定に大きく貢献したほか,在来系統と移植系統の生息場所や生物学的特性の違いを明らかにするものである.琉球列島に限らず,フナ類は日本各地で生息環境の悪化や国内移入種および外来種の影響によって減少している.本論文の結果は,琉球列島およびその他の地域の在来フナ個体群の保全にとって有用であると考えられる.以上のように,本論文は琉球列島のフナ類の遺伝,倍数性,性比,生態について,これまで不明であった多くの発見を含み,将来の保全に役立つ情報を提供した点で,魚類学の進展に大きく寄与するものとして評価され,論文賞候補に相応する論文であるとして選考された.
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