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本年5月25日に,東京大学海洋研究所において学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には馬渕浩司氏(東京大学海洋研究所)を,また論文賞候補には以下2編を選考した.
- Kimura, S., R. Kimura and K. Ikejima. 2008. Revision of the genus Nuchequula with descriptions of the three new species (Perciformes: Leiognathidae). Ichthyological Research 55(1): 22-42.
- 藤田朝彦・西野麻知子・細谷和海. 2008. 魚類標本から見た琵琶湖内湖の原風景. 魚類学雑誌, 55(2): 77-93.
以下に,各賞候補について,その審議経緯と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補の選考について
奨励賞には5名の応募があった.5名の委員により研究の斬新さ,専門分野の研究進展へのインパクト,国際誌への掲載論文数,将来性,過去の応募歴等を基準にして評価し,各委員から2名ずつを推薦し,推薦された候補者についてさらに全体で論議した.この結果,上記馬渕浩司氏が奨励賞候補として最も適していることが,委員全員の一致で決定された.
馬渕浩司氏(東京大学海洋研究所)の選考理由
馬渕浩司氏は現在37歳で,東京大学海洋研究所に在籍する助教である.彼の研究業績は,論文総数23編,そのうち17編が国際誌に掲載され,全論文のうちの16編が筆頭著者論文である.著書(共著)は3編あり,若手研究者として十分な業績を有していると評価された.
同氏は,大学院時代から,日本の沿岸岩礁域の普通種「ササノハベラ」の分類学的・分子系統学的・生態学的研究に取り組み,フィールドでの繁殖行動の観察から,これまでササノハベラと同定されてきた魚類の中に独立した2種が含まれることを発見し,分類学的再検討に基づき,うち1種を新種として記載した.さらにこれら2種が属するササノハベラ属の「反熱帯分布」に着目して分子系統学的解析を行ない,共通祖先が南半球に起源することを明らかにし,種分化の過程を考察するなど,日本沿岸の魚類相の成立史の解明をめざした斬新な研究を展開している.他にも,日本産コイやテンジクダイ属など身近な魚種で見過ごされてきた生物学的問題に分子系統学的手法を用いて果敢に取り組み,分類学,進化学領域において重要かつ興味深い成果をあげており,魚類学の発展に大きく貢献している点で高く評価され,将来にわたっての活躍が期待できる.このことから,同氏は魚類学会奨励賞候補として最も相応しい研究者であるとして,委員全員の一致で選考された.
II. 論文賞候補の選考について
論文賞には自薦,他薦,編集委員会推薦を併せて9編の応募があった.これらの論文について,研究方法や内容の斬新性,完成度,魚類学への貢献などを基準に評価を行なった.まず,各委員から数編ずつを推薦し,ノミネートされた論文について評価を行なった.その結果,上記の2編の論文が論文賞候補として最適であると,委員全員の一致で決定された.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Kimura S, R. Kimura and K. Ikejima. 2008. Revision of the genus Nuchequula with descriptions of the three new species (Perciformes:Leiognathidae). Ichthyological Research 55(1): 22-42.
本論文は,インド洋,西太平洋に広く分布するヒイラギ科Nuchequula属6種について,形態学的研究に基づき分類学的再検討を行ない,3新種を記載した.日本から東南アジアにかけて広く分布するヒイラギ属の分類学的再検討と新種記載により学名を付した意義は大きく,これら魚類の生態学的研究への波及効果も期待できるものとして評価され,論文賞候補に相応しい論文であるとして選考された.
- 藤田朝彦・西野麻知子・細谷和海. 2008. 魚類標本から見た琵琶湖内湖の原風景. 魚類学雑誌, 55(2): 77-93.
本論文は,魚類標本を保全研究に有効に活用して研究を進めた点,博物館学を保全研究に結びつけた点において,斬新な手法と視点を有するユニークな研究であることが特筆に値する.博物館等に保存された標本資料を過去の自然環境の指標として活用し,環境変動を時系列的に把握したことは,環境保全や環境修復に寄与する研究として意義は大きく,魚類学のみならず,環境保全の施策にも波及効果が期待できるものとして評価され,論文賞候補に相応しい論文であるとして選考された.
2009年6月29日 |
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