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本年5月10日に,国立科学博物館分館において学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には山崎裕治氏(富山大学)を,また論文賞候補には,Xia Li, Prachya Musikasinthorn, and Yoshinori Kumazawa: Molecular phylogenetic analyses of snakeheads (Perciformes: Channidae) using mitochondrial DNA sequences. Ichthyological Research, 53: 148-159 (2006) ならびに Masanori Nakae and Kunio Sasaki: Peripheral nervous system of the ocean sunfish Mola mola (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 53: 233-246 (2006)を選考した.以下に,各賞候補について,その審議経緯と選考理由を記す.
I. 奨励賞候補の選考について
奨励賞には2名の応募があった.まず,これら2名の方々は,それぞれ奨励賞候補者となるに相応しい研究業績を有していることが確認された.その後,各応募者について,研究期間,年齢,国際誌に掲載された論文数,個人的研究かグループ研究であるのか,各専門分野の研究進展へのインパクト,過去の応募歴などを基準に評価を行った.その結果,上記の山崎裕治氏が奨励賞候補として最も適していることが,委員全員の一致で決定された.
山崎裕治氏(富山大学)の選考理由
山崎裕治氏は現在36歳で,富山大学に在籍する准教授である.彼の研究業績については,総論文数24篇,そのうち国際雑誌に掲載された論文は8篇,筆頭著者論文は18篇と,若手研究者としては十分な実績を有していると評価された.
同氏は,大学院時代から一貫して,ヤツメウナギ類を対象とした分子系統・種分化・生態を中心とした研究に取り組んできた.まず,核DNAとmtDNA解析手法を用いた一連の研究により,カワヤツメ属においてはカワヤツメ,シベリアヤツメ,スナヤツメ北方種が単系統群を形成し,スナヤツメ南方種はこの単系統群から極めて遠縁の関係にあることを明らかにするとともに,本属を主要な対象グループとした系統関係の解明に大きく貢献した.さらに,カワヤツメ属のスナヤツメ北方種と南方種は,形態的には酷似するが遺伝的には大きな分化を遂げている隠蔽種であることを見出した.こうした関係にある隠蔽種の発見は,昆虫類では数多く報告されているが,脊椎動物では極めて珍しく,その進化史の解明が待たれるところである.また最近では,ヤツメウナギ類を初めとする淡水魚類の生物多様性の変動機構と起源に関する研究に精力的に取り組み,次々とレベルの高い研究論文を発表し続けている.
山崎氏のこうした研究成果は,1971年に刊行された大著The Biology of Lampreys (M. W. Hardisty & I. C. Potter eds. Academic Press)以降,本分類群における系統進化,種分化機構,および生物多様性の変動と起源に関する研究に大きな進展が見られられなかった経緯から,世界的に高い評価を得ている.
以上のように,山崎裕治氏の研究成果と業績は,ヤツメウナギ類における種分化生物学と生物多様性起源の研究に新たな機軸を確立したこと,および魚類学の進展に大きく貢献した点で高く評価され,同氏は魚類学会奨励賞候補として相応しい研究者であるとして,委員全員の一致で選考された.
II. 論文賞候補の選考について
論文賞には自薦,編集委員会推薦を併せて3件の応募があった.これらの3篇の論文について,研究論文としての完成度,研究方法や研究内容の斬新さ,および各専門分野と魚類学の発展へのインパクトなどを基準に評価を行い,その結果,上記の著者たちによる2つの論文が論文賞候補として最適であると,委員全員の一致で決定された.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
- Xia Li, Prachya Musikasinthorn, and Yoshinori Kumazawa: Molecular phylogenetic analyses of snakeheads (Perciformes: Channidae) using mitochondrial DNA sequences. Ichthyological Research, 53: 148-159 (2006)の選考理由
本論文は,これまで系統学的研究がほとんど行われていないタイワンドジョウ科魚類を対象に,mtDNA塩基配列解析によって主要な種間の系統関係を明らかにするとともに,この系統関係に基づいて,腹鰭の有無および頤部での鱗の存在という本科に特有の形態について,前者の形質は系統と直接的な関係がないが,後者の形質は系統を反映しており本科魚類における祖先的形質にあたるとする新たな進化的解釈を与えた.また,精度の高い分岐年代推定に基づいて,タイワンドジョウ属が前白亜紀のゴンドワナ大陸に起源し,その後にインド亜大陸に乗って現在の生息地であるユーラシアに運ばれたとする新たな考えを提示した.こうした本論文の結果は,2000年に提唱されたOut-of-India仮説(Kumazawa et al., 2000)と合致するものであり,今後,本仮説がより広範な陸生および陸水生物の系統分化に適用可能か否かを検証する一つの契機を与える先駆的な研究として位置づけられる.
以上のように,本論文は南アジア,東南アジアに分布する淡水魚類の一グループの進化史を明らかにした点で高く評価され,論文賞候補に相応しい論文であるとして選考された.
- Masanori Nakae and Kumio Sasaki: Peripheral nervous system of the ocean sunfish Mola mola (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 53: 233-246 (2006)の選考理由
本英文論文は,マンボウ(Mola mola)の全末梢神経系を詳細に記載し,神経支配の様式から,幾つかの筋肉要素の相同性と舵鰭の由来について考察したものである.本研究によって,新たに見出された主な知見としては,1)本種の側線系は6本の頭部側線と1本の躯幹側線からなり,後者の側線は体の前半に限られること,2)頭蓋に存在する神経が通過する孔は数が著しく少なく,このことは頭蓋後部の変形によって生じたと推察されること,3)従来は,hyohyoidei adductoresとpharyngoclavicularis externusと同定されてきた筋肉要素には,levator externus 4とsternobranchialisがそれぞれ複合的に含まれること,および4)舵鰭を支配する神経枝の配列は背鰭・臀鰭を支配する神経枝の配列と同一であると判断されたことから,舵鰭は背鰭・臀鰭から由来したとする仮説を支持することを明確にしたこと等が挙げられる.本論文の意義としては,魚類学の分野では神経解剖学的知見が極めて乏しい現状において,マンボウの全末梢神経系を詳細に観察し記載したこと,神経系の知見が筋肉要素の相同性の判定に有効であること,およびそれが系統推定においても有効な形質であることを示したことにある.それらは魚類学の進展に大きく寄与する研究成果であるとして高く評価されたことに加え,本論文はその論文としての完成度も高いことから,論文賞候補に相応しいものであるとして選考された.
2007年5月17日 |
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