Q. | 標準和名とは何か? |
A. | 日本魚類学会が定義する標準和名とは、「魚類の標準和名の定義等について(答申)」に述べられているとおりですが、以下に補足します。
- 標準和名は明治期以降に導入された生物分類学にその基盤を置いています。分類単位ごとに固有な学術的名称で、例えばある種に対する標準和名はたった一つだけが有効であると決められています。地方名や商品名といった和名とは、その適用範囲や運用面において大きく違っています。
- 魚類の標準和名は、分類学の論文や専門性の高い図鑑などで研究者によって命名されることが普通です。
- 標準和名は分類学の進歩によって改名されることがあります。例えば2種あるとされていたものが本当は1種であることがわかった場合には、どちらか一方の標準和名が採用されるか、両方を破棄して新たな名称が付けられます。また、わかりやすいという理由から基幹名が統一されるなど、分類学の進歩とは関係なく改名されることもあります。
- 標準和名とは何か、またそれが抱えている諸問題については以下の資料が参考になります。
- 瀬能 宏. 2002. 標準和名の安定化に向けて. 青木淳一・奥谷喬司・松浦啓一編著. 虫の名,貝の名,魚の名:和名にまつわる話題. 東海大学出版会, 東京, pp. 192-225.
|
Q. | 改名の目的は何か? |
A. | 人権に対する配慮および差別的語を含む一部の標準和名における言い換えや言い控えによる混乱を収めることが目的です(URL)。こうした混乱は、水族館や博物館等での展示における表示だけの問題に止まらず、当該魚類を用いた教育の機会を失うことにつながります。
|
Q. | 実際に混乱は起こっているのか?また当事者への調査を行ったのか? |
A. | 混乱の実態や当事者がそうした名称をどのように考えているかについては以下の資料が参考になります。
- 遠藤織江. 2003. 視覚障害者と差別語. 237 pp. 明石書店, 東京.
- 前川 望・横畑泰志. 2005. 動物の差別的和名に関する障害者およびその支援者へのアンケート調査. タクサ, (18): 10-19.
- 佐藤陽一. 2002. 博物館における生物の差別的和名の使用:アンケート調査から. 徳島博物館研究会編. 地域に生きる博物館. 教育出版センター, 徳島市, pp. 240-261.
- 佐藤陽一. 2002. 魚の困った名前: 差別的和名をどうするか. 青木淳一・奥谷喬司・松浦啓一編著. 虫の名,貝の名,魚の名:和名にまつわる話題. 東海大学出版会, 東京, pp. 172-191.
|
Q. | 改名したら差別はなくなるのか? |
A. | 今回の処置により差別がなくなるとは考えていません。しかし、これを契機として広く人権に対する意識が高まるのであれば望外の喜びです。
|
Q. | 改名によって混乱するのではないか? |
A. | 一部ではすでに言い換えや言い控えによる混乱が生じており、改名することにより名称の安定化をはかる必要があると判断しました。また、今回改名する標準和名は日本産魚類3863種のうち32種(上位分類群名を含めると52分類群)に過ぎず、また、一般にはあまり知られていない種も含んでいることから影響は軽微であると考えています。
|
Q. | 標準和名は生物に対して与えられたものであり、その生物は差別的意識を感じることはできないので、人間に対する差別とは別の問題ではないか? |
A. | 言葉は人間が作り出すものである以上、標準和名に含まれる差別的語はやはりわれわれ人間の問題であると考えます。その生物が差別を感じる能力があるかどうかとは関係ありません。
|
Q. | 標準和名に含まれる、例えばメクラやイザリという語は、その名称がつけられた生物の形態的な特徴や行動的な特徴を単に記述しただけであり、人間の差別にはあたらないのではないか? |
A. | それらの語は、命名の意図や経緯とは関係なく現代の価値観では差別的であると判断されます。現実に精神的苦痛を受ける方がおり、そして博物館や水族館等では言い換えや言い控えによる混乱が生じています。また、標準和名とは異なりますが、魚類の学名を規定している「国際動物命名規約第4版」では、「いかなる著者も、その知識としかるべき信念に照らし、なんらかの観点において無礼な感覚を与えそうな学名を提唱するべきではない」という倫理規定が勧告として設けられています。
|
Q. | 標準和名の意味を説明すればよいのではないか? |
A. | 標準和名は様々な場面で使われますので、一人歩きする名称に対して説明を付けるのは困難です。
|
Q. | 魚類学会に改名した標準和名を強制する権利はあるのか? |
A. | 答申にもありますように、改名は学会内では強制力を持ちますが、学会外に対しては言い換えや言い控えによる混乱の解消を目的とした提案であるとご理解ください。
|
Q. | 差別的語であるかないかを判断する根拠は何か? |
A. | 辞典類や差別用語関連の書籍を参考に当委員会で判断しました。それら参考図書の一部は会員を対象とした意見募集への回答に明記してあります。
|
Q. | 名前は自然に発生したものであり、その変化は自然にまかせるべきではないか? |
A. | 名前は人が作り出したものであり、標準和名として認定する行為は学術的視点から人が意図的に行うもので、その歴史は明治期以降、生物分類学が日本に導入されてからのことです。また、今回の改名は学会外へは強制力を持たない提案であることから、自然に任せるべきと言う意見と矛盾しません。なぜなら、提案自体は学会外の社会で淘汰の波にさらされるからです。
|
Q. | 名前には歴史的意義があるので改名は文化の破壊行為(言葉狩り)ではないのか? |
A. | 魚類の標準和名は自然科学、教育、法律、行政等、分類学的単位を特定し、共通の理解を得ることが必要な分野で推奨されると規定されています(URL)。差別的語を含む標準和名は、そのような場では相応しくないのは明らかです。ただし、改名によって旧名が消え去るわけではなく、分類学的には使用を制限された別名(異名;シノニム)という形で存続します。このような別名を上記のような場以外で使用することに対して学会が制限をかけることはありませんし、その権限も持っていません。歴史性や文化的意義を記述する文脈などにおいて別名を使用する必要性があるなら、いつでもそれらを使用することができます。また、当学会は辞書・辞典類などからの別名の削除を推奨しません。
|
Q. | 文化遺産である名前を言語学者でもない人たちが改名する権利はあるのか? |
A. | 魚類の標準和名は日本においては種や属、科といった分類学的単位に与えられる学術的名称であると定義されています(URL)。従って、その命名や改名などは、学名と同様に分類学を専門とする研究者が行うべきであると考えています。
|
Q. | 改名は、言葉の差別性を声高に主張している個人や団体に配慮しすぎており、過剰反応ではないか? |
A. | 当委員会は、一部の個人や団体からの申し入れなどにより、今回の改名に係わる作業を始めたわけではありません。標準和名の枠組みのもとに独自性、安定性および倫理性を確保するために検討を進めてきました。標準和名が学術的名称であると同時に社会に向けられたものである以上、人権への配慮は当然のことと言えるでしょう。 |