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沖縄県西表島浦内川からの取水計画の再検討を求める要望書
(2015年6月24日)
 
日本魚類学会
自然保護委員会
委員長 森 誠一
   平成26年5月29日付けでお送りしました沖縄県西表島浦内川からの取水事業に関する質問書への部分的対応を有難うございました。環境省からは「西表石垣島国立公園浦内川の取水について」(日付なし)を2015年6月9日に竹富町との再度確認の上改めて対応するという回答を、また竹富町からは部分回答(日付なし)を2015年6月19日に、いずれもメール添付にて拝受いたしました。
 当委員会で、貴職からの対応内容および私どもが収集した情報をもとに慎重に検討した結果、浦内川からの取水計画において、絶滅危惧種と生物多様性の保全に対する十分な事前調査と影響評価が行われておらず、西表石垣国立公園特別地域における本事業の進行は看過することができないとの結論に達しました。
 つきましては、浦内川からの現行取水計画を見直し、再検討いただくことを要望いたします。先の質問書において依頼いたしました回答期限より遅延されておりますが、その正式な回答をいただく前に、火急の事態であることから、この仕儀に至った次第です。
  1. 要望内容
     竹富町および環境省におかれては、浦内川渓流域からの取水事業において、異常渇水時をふくむ渇水時における環境影響評価や地域合意の手続きを経て、本事業の是非を判断いただくよう要望いたします。さらに異常渇水対策については、早急に専門家を交えた検討委員会等を設置し、環境・生物多様性への悪影響を回避した代替策、および総合的な対策を検討することを要望いたします。

  2. 要望の事由
    1. 手続き上の問題
       異常渇水時の水道水の確保は、西表島の住民にとってきわめて重要な課題であることは論をまちません。しかし、浦内川渓流域からの取水はかならずしも住民が要望したものではなく、行政主導で計画され、町議会で決議がなされたものと聞き及びます。その過程では、時間的余裕があったにもかかわらず、浦内川取水以外の代替策や当該河川から取水した場合の問題点等についての専門的検討や合意形成がまったくなされていません。さらに、西表島の住民、および国立公園で保全された自然の恵みを享受する国民に対して説明すべき責任もまったく果たされていません。

    2. 工事や取水による影響懸念
       浦内川の取水事業は、再度の干ばつによる水不足の発生時に、マーレー川からの取水の補助として行われる計画であると、環境省を通じて情報をいただきました。また、取水による環境への影響については、竹富町は異常渇水時ではなく、渇水が収束した時点の調査に基づいて水位変化等を予測し、影響は軽微との判定をしています。つまり、肝心な異常渇水期の取水が浦内川の生物群集に与える影響に関しては、まったく調査や影響評価がなされていません。さらには、取水施設の設置工事中および設置後における環境影響についても、まったく調査や評価がなされておらず、竹富町と環境省の担当部局の主観的な判断によって影響が軽微とされたに過ぎないといっても過言ではありません。
       環境省は、同省那覇自然環境事務所による未決の回答(2015.6.9付け)の中で「風致上の支障は小さい」と判断したとありますが、その根拠は明確ではありません。また、たとえ「風致(自然の風景などの持つ趣き)上の支障」が小さくても、本取水事業において大きく問題となるのは浦内川が保持する豊かな生物多様性への影響であり、同事務所はその保全への認識が甘いように見受けられます。

    3. 浦内川の生物多様性保全上の特別な地位
       浦内川とその流域は、日本最大の亜熱帯生態系として、まさに日本国民が誇る他にない桁違いの貴重な自然遺産です。このような正当な認識のもと、浦内川流域の自然は最大限手付かずの状態で保存し、広く世界に発信し、次世代に継承していくことが、地域や国民全体にとって賢明な措置であると確信します。
       浦内川は、魚類に限っても、生物多様性の保全上、我国に無数にある河川の中できわめて特別な地位にあります。すなわち、本河川には汽水魚、淡水魚を合わせて約400種もの魚類が記録されており、日本一、種多様性が高い河川です。しかも、このうち44種は絶滅危惧種(IA、IB、II類)とされ(添付資料参照)、これは全国の絶滅危惧種(汽水・淡水魚類)の26%にあたり、日本一、絶滅危惧種の多い河川でもあります。また軍艦石から上流マリウドの滝の間の約1.5 kmの渓流域には、危機のランクが最も高い絶滅危惧IA類が7種(タニヨウジ、カワボラ、ウラウチフエダイ、ニセシマイサキ、ヨコシマイサキ、シミズシマイサキ、ツバサハゼ)も生息しています。このうちのタニヨウジとツバサハゼを除く5種は、日本では浦内川だけに生息する希少種です。さらに下流汽水域には17種の絶滅危惧IA類が生息し、このうちの1種、ウラウチイソハゼは、世界で唯一、浦内川河口のみに生息します。

    4. 保全の緊急性と今後
       上記の絶滅危惧種の魚類は、広域的な分布種であっても浦内川を北限とする局所個体群であり、生息個体数も少なく、わずかな環境変化で姿を消す可能性があります。干ばつによる渇水は、私たち人間のみならず、河川に生息する魚類にとっても非常に深刻な問題です。渇水は、当然ながら魚類にとって、生息空間の減少、水質の変化、溶存酸素量の減少、水温の急変、餌生物の減少、種間競争の激化など、まさに彼らの存亡に関わる危機的な状況をもたらし得るものなのです。
       浦内川における絶滅危惧種の多さは、現状において、彼らが頗る過酷な環境条件下で生息していることを示しています。そこへ、さらに当該計画による取水が実施されると、過酷な生息環境のさらなる増大が想定されるため、当然ながら取水計画は十二分に慎重に検証し、それを受けた対応をするべきです。また、取水の影響は取水口周辺のみにとどまらず、汽水域にまで波及する可能性もあるため、計画の検証・対応は流域全体にわたって行われる必要があります。
       現在、西表島を含む「奄美・琉球」の世界自然遺産登録に向けて、環境省を中心にさまざまな準備活動が進められていると側聞しております。この登録への動向は時宜を得たものと評価でき、かつ西表島がその中心的な役割をなすものと想定されます。なぜならば、浦内川をふくむ当地は世界自然遺産の条件である「(I)学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など、生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。」にもっとも合致する区域にあたるためです。したがって、地元行政や日本国がそのかけがえのない生物多様性を保全する姿勢に乏しいとなれば、世界自然遺産への登録においてきわめて致命的なマイナス要因となりかねません。また、もし本取水事業によって貴重な生物種や本来の自然環境が失われた場合、今後、日本国中、また世界中から西表島を訪れる自然を愛する人々が極めて残念な想いをし、さらには憤りを感じる事態となりかねません。異常渇水への対策事業を、かけがえのない浦内川の自然環境の改変へと短絡的につなげ、本取水計画を実施することは、当地の将来に対して深刻な禍根を残すことになりかねません。

 本事業は、陸上域においてすでに着手・進行中ではありますが、ぜひとも浦内川流域の貴重な生物多様性の保全のために本計画を早急に一時中止し、竹富町と環境省が連携して、専門家とともに広く代替策を含めた課題を議事とする検討委員会の設置等を求めるものです。その上で、地元、地域を訪れる人々、また将来の世代に対して誇れる解決策を講じていただけますよう、お願い申し上げます。その対策を講じるにあたっては、我々も微力ながら専門の自然科学的立場から協力・支援を惜しむものではありません。


<本件に関する問い合わせ先・回答返送先>
日本魚類学会 自然保護委員会 委員長 森 誠一
〒503-8550 大垣市北方町5-50
岐阜経済大学地域連携推進センター
電子メール:smori@gifu-keizai.ac.jp