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「平成27年度 京都府公共事業事前評価調書 京都スタジアム(仮称)整備事業 <アユモドキ等の自然と共生するスタジアムを目指して>」への意見
(2015年6月11日)
 
日本魚類学会
自然保護委員会
委員長 森 誠一
   日本魚類学会は、京都スタジアム(仮称)の計画に対しまして、平成25年3月と5月、平成27年3月、そして最近では5月12日に、魚類学の専門的見地から、その深刻な問題点について京都府知事に意見を申し上げ、計画の修正・再検討を求めてまいりました。また約20の学術団体、国内外の自然保護団体、市民団体等から同様な意見が届けられていると聞いております。
 しかしながら、京都府は、これらの意見をほとんど吟味することなく、平成27年5月29日に本事業に関する事前評価調書を公表し、6月9日に「京都府公共事業評価に係る第三者委員会」(以下、第三者委員会)を開催するとのことです。この度、第三者委員会事務局より事前評価調書に対して意見の募集がありましたので、日本魚類学会自然保護委員会で、添付書類を含め、事前評価調書を詳細に検討しましたところ、看過できない重大な問題点が多数見受けられました。5月12日付の要望書(京都府亀岡市のアユモドキ生息地における大規模開発計画(亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称))における適正な環境保全に向けた要望)と重複する点もありますが、アユモドキ等の生息への不可逆的な負荷が払拭できない重要案件につき、下記の通り意見を申し上げます。
 なお今回の意見は、本事業の主目的である「アユモドキ等の自然と共生するスタジアム」の実現のために、魚類学、生態学、保全生物学の専門的立場から申し上げるものです。第三者委員会におかれましては、その趣旨をご理解いただき、ご検討、ご対応いただけますことを心よりお願い申し上げます。
  1. 事業の進め方自体の深刻な問題 本事業では新しい公共事業の進め方として、デザインビルド方式、つまり、実施設計と建設工事を併走で実施する計画が取り入れられるとされています。しかし、アユモドキ等の保全の保証がないまま、スタジアム本体施設の位置を決定し、短期間のうちに着工、完成を図ろうとする本事業の進め方は、生物多様性保全の国際的な合意事項である予防原則から大きく外れるものであり、この建設ありきの短兵急な進め方には根本的な問題があります(①)。また実証実験による点検や見直しを行うとしていますが、複雑な生活史をもつ種や季節的な環境変化をともなう生態系に対する影響評価は短期的な調査によってなし得るとは考えられず、科学的見地から、また実際の施策実現の見地からも、保全措置の根拠ある実現性が本質的に乏しいと言わざるをえません(②)。
    保全の保証のないまま、既成事実を積み重ねていく方式ではなく、計画の決定、開始に先立って、まず十分な調査に基づく信頼性の高い環境影響評価を行い、それに従った慎重な事業計画を立てること、また代替策を適切に検討することが必須であり、事前評価はそれを踏まえて行うべきです。
    ① デザインビルド方式による事業の進行は、日本魚類学会をはじめ、多数の学術団体、自然保護団体、市民団体が求めてきた事業に先立つ「アユモドキ等の保全の保証」という大前提をまったく無視するものであり、逆に、「短期的に明瞭に顕れる保全上の問題」が計画初期に見いだされない限りは事業の進行を許すという、環境政策・生物多様性保全における国際的な合意事項である予防原則をまったく無視する、きわめて問題ある事業計画となっています。
    もし本事業でこのような進め方が認められると、あらゆる希少種の生息地や貴重生態系に負荷を与える開発が可能となってしまい、日本の自然保護行政の大きな逆行を招きかねず、深く憂慮されるものです。
    ②デザインビルド方式による保全の実現の要として、平成27年度以降の水田環境実証実験結果等による点検、見直しが掲げられています。しかし、この重要な項目について、計画内容、対応の範囲や手続き、意思決定方法がまったく明らかではありません。一般に、これまでの基礎調査の結果を加えたとしても、1年間の野外実験によってアユモドキ等の保全に関する結論が得られるとは到底考えられません。
    もし、この実証実験による点検、見直しが、科学的な根拠と適切なスケジュールをともなわない場合、デザインビルド方式による「自然と共生するスタジアム」整備の計画は完全に破綻したものとなります。したがって、実証実験計画とその結果に基づく意思決定手順、および対策の範囲についても、事前調査調書に合わせて公開し評価すべきです。

    調書において具体的に関連する箇所
    (1-1)P2~3、(3) 事業手法
    実証実験結果を踏まえて水田の配置や面積を最終決定する、と記されていますが、その計画内容と判断基準が示されていません。また本体施設の位置についても点検し、見直すことを明記すべきです。

    (1-2)P12~14、(1) 京都スタジアム(仮称)の配置決定:施設位置の決定について
    亀岡市が提示した建設用地内での建設を大前提として、配置が検討されていますが、調書に明記されている通り、アユモドキへの影響が回避できる保証はありません。市による用地の無償提供が本事業の条件であったとはいえ、「アユモドキの保全」を京都府の条例で掲げ、本事業の目的にも加えていることを考えると、建設場所の代替案の検討がなされていないのは、事業主体として甚だ無責任です。アユモドキが利用する計画地を外して、施設位置を西にずらすなど、当然まず考慮されるべき代替策の提案、検討すらなされていません。
    また、本来、アユモドキの保全方策自体も、スタジアム建設を行う場合と行わない場合で比較し、効果や経費の面で検討されるべきです。
    亀岡市が提示した建設用地内に狭くとらわれない、柔軟で合理的な施設位置の決定から再計画すべきです。

    (1-3)P12~14、(1) 京都スタジアム(仮称)の配置決定:根拠となる実証実験について
    「平成27年度の水田環境実証実験等の結果に基づいて、環境保全専門家会議において評価・点検を行う」と記されていますが、どのような実験を行い、どのような判断基準で評価を行うのかを調書とともに公開し、その実現性に即して事前評価は行われるべきです。

    (1-4)P22、4 調査・実証実験結果反映型(保全・開発調和型)新公共事業モデルの採用
    スタジアム建設によるアユモドキ等自然環境への悪影響は、必ずしも設計・工事期間内に短期的に顕れる悪影響だけでなく、工事および運用開始後に絶滅リスクを有意に上昇させるような影響も含んでいます。しかし、今後わずか2年半で完成を図る計画において、デザインビルド方式によって、これらの影響を評価することはできず、必要な見直しがなされる見込みは高くありません。したがって、デザインビルド方式によって保全が実現されるとは考えにくく、保全の保証がないまま後戻りのできない状況にまで事業を進行させる問題の大きい方策なので、本方式を採用すべきではありません。

    (1-5)P22、4 調査・実証実験結果反映型(保全・開発調和型)新公共事業モデルの採用
    スタジアム本体施設の位置について、「平成27年度以降の水田環境実証実験結果等に基づいて点検を行い、問題がある場合には見直しを行う」と記されていますが、建設工事が開発されてから、施設位置の変更など大きな設計変更が可能なのでしょうか。一方で、悪影響は時間が経つに従って現れてくる可能性が高まると考えられます。したがって、信頼性の高い環境影響評価より前に実施設計や工事を開始することは、公的資金に基づく公共事業の進め方として、適切ではないと思われます。

    (1-6)P24、京都スタジアム(仮称)整備事業の京都府公共事業事前評価調書に対する意見
    ここで、環境保全専門家会議から、現段階でアユモドキ等の保全については多くの未解決の課題があり、保全が保証されていないと指摘されていることが明記されています。その上で専門家会議は、今後の実証実験に基づいてスタジアムの位置や建設スケジュールを点検し、見直すことなどを前提として、アユモドキの生息環境改善対策を早期に進めるために、デザインビルド方式による事業の進行を了解したと記されています。
    したがって、アユモドキ保全に対してスタジアム位置やスケジュールに問題がないかどうかを明らかにできる実験・調査計画が行われることが非常に重要となります。しかし、その実験内容や評価基準は明らかになっていません。このような目的には一般的に大規模で複数年にわたる実証実験が必要とされます。本事業を進めるにあたって非常に重要な役割を果たす実証実験の内容と評価基準を明らかにした上で、その実現性を含めて事前評価に諮るべきです。
    また、環境保全専門家会議による了解の前提とされた「広域的な生息環境改善対策を含むアユモドキ等の保全に必要な対策」についても、事業計画に含めて、本体整備と同時に事前評価すべきです。

  2. 事業内容と事前評価の範囲の不整合
    「アユモドキ等の自然と共生するスタジアム」を目指す事業全体の枠組みとして、スタジアム本体整備に加え、周辺施設整備、そして用地内および広域的なアユモドキ等の生息環境改善対策が本事業に含まれるとされています。しかし、本事前評価調書では、具体的な計画や事業費に関してはスタジアム本体について記されるのみとなっています。本来、施設位置をはじめ、スタジアム本体の建設は、「亀岡市と連携して総合的・計画的に実施していく」とされる駐車場等外構の整備、アユモドキ等の広域的な保全対策、アクセス道と切り離して決定することはできないはずであり、同時にそれらの具体的な計画や経費的保証とともに、事前評価がなされるべきです。なぜなら、スタジアムの本体整備は、周辺整備やアユモドキ等の保全対策の選択肢を限定させるものであり、またアユモドキ等の保全対策としての「広域的な生息環境改善対策」の実現性のいかんによって、スタジアム本体の計画に対する評価が異なってくるからです。
    上記1の水田環境実証実験の計画内容と対応策を含め、本体位置・設計と不可分である周辺施設計画と広域的保全対策に関する総合的な事業計画を作成し、本スタジアム計画にかかる実際の全体事業費を明示した上で事業事前評価を行うことが必要であり、それが京都府民に対する真摯な姿勢であると思われます。

    調書において具体的に関連する箇所
    (2-1)P2、(2) 事業目的
    本事業の目的として、「アユモドキの保全をより確実なものとする」ことが最初に掲げられていますが、本調書には、このことについて具体的な計画や経費が提示されていません。事業目的と整合的な事前評価調書を作成し直し、事前評価を行うべきです。

    (2-2)P12~14、(1) 京都スタジアム(仮称)の配置決定:周辺施設について
    調書では、スタジアム周辺のアクセス道やアプローチ部分について未決定とされています。しかし、本体位置を決めた場合、アクセス道やアプローチについては基本的に限定されているはずであり、それも含めて事前評価を行うべきです。

    (2-3)P22、4 調査・実証実験結果反映型(保全・開発調和型)新公共事業モデルの採用
    ここで新しい事業方式(デザインビルド方式)に、①スタジアム整備と②広域的な生息環境改善対策の推進が含まれていることが明記されており、この両方において、アユモドキ等の保全対策が十全になされることが、「アユモドキ等自然と共生するスタジアム」の達成のために不可欠です。しかし本調書において、広域的な生息環境改善対策については、ほぼ必要要件が列挙されているのみであり、具体的な計画や経費的根拠がほとんど記されていません。スタジアム本体のみを切り離して公正に事前評価を行うことはできないので、全体計画としてまとめ直すべきです。

    (2-4)P26、費用の内訳 2 維持管理費・修繕費
    表中に「アユモドキ保全助成費」とありますが、これはアユモドキの保全対策全体のうちのどの部分に相当するのか、そしてその算出根拠を明示すべきです。またこの「アユモドキ保全助成費」が、京都府が今後行う保全対策のうち、どの部分に相当するのかについても、想定項目を含めて明記すべきです。

    (2-5)P27、環境配慮、環境創造のための措置に関する評価表
    ここに、本事業の主目的に関係する環境特性、および取り組み、解決すべき措置内容について記されています。しかし、本調書では、スタジアム本体の整備経費以外については具体的に記されておらず、表に記された重要な諸項目が実現されるのかどうかを事前評価することは不可能となっています。事業全体に関する事前評価調書を作成し直すべきです。

  3. そのほか、計画の経緯などについて(調書において具体的に関連する箇所)
    (3-1)P5~6、2) アユモドキの生息環境と保全活動
    「地域住民は、このような人為的環境を残し」(P5、最下行~)という箇所で、「このような」の意味が不明瞭です。文脈上、水路ネットワークや氾濫原様の湿地環境という営農活動によって人為的に維持された環境であると思われます。しかし、スタジアム建設によって、営農活動を基本としたこのような人為的環境のあり方が大きく変化し、失われることが問題の本質です。したがって、調書の記述では、あたかも地域住民の主張が矛盾し、破綻しているかのようにも読み取られかねません。

    (3-2)P7~8、5) 京都・亀岡保津川公園の都市計画決定
    都市計画決定の経緯について、「アユモドキを保全していく上で、地元の協力は不可欠であり、地元の協力を得るためには、用地買収を行いスタジアムを含む公園を整備していく必要がある」ため、都市計画決定が必須であると亀岡市が説明したと記されています。これは、地元がアユモドキの保全への協力を継続するのと引き換えに、スタジアムを含む公園整備を要求し、それを亀岡市が受け入れ、事業を進めようとしているかのように読み取れます。事実関係に間違いはありませんか。

    (3-3)P11、4) 「京都スタジアム(仮称)の整備に向けて<案>」(平成25年5月)策定ほか
    建設地の決定過程について、「『専用球技場用地調査委員会』の意見を踏まえ、平成24年12月に亀岡市を選定するに至っている」と記されています。ここで「意見を踏まえて」という意味が不明瞭で、また事実をよく表していないように見受けられます。
    平成24年12月に出された「専用球技場用地調査報告」(専用球技場用地調査委員会)によりますと、用地調査委員会は「統一的な判断を委員全員が一致した形で行うことは困難」と結論しており、亀岡市を第一に推したのは9名の委員のうち3名のみです(京都市が3名、城陽市が2名、3市のいずれも同等が1名)。曖昧な文言で、あたかも用地調査委員会によって合理的に亀岡市が選ばれたかのように説明するのではなく、選定にあたった具体的な主体、選定の経緯と理由を明示すべきです。
    また公開された文書によりますと、そもそも用地選定の過程で、アユモドキ等自然環境保全をはじめ、水道水源、治水、交通など多くの問題をほとんど検討していなかったことが明らかになっていますので、亀岡市が提示した用地内でのみスタジアム建設を検討する京都府の姿勢は、はなはだ無責任といえます。亀岡市が提示した建設用地内に狭くとらわれない、柔軟で合理的な施設位置の決定から再計画すべきです。
以上