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京都府亀岡市のアユモドキ生息地における大規模開発計画(亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称))における適正な環境保全に向けた要望  
  平成27年5月12日  
京都府知事 山田啓二 殿
日本魚類学会
会長 矢部 衞
   平成24年12月に貴職が近畿地方に唯一残る淡水魚アユモドキ(国の天然記念物、国内希少野生動植物指定種、京都府指定希少野生生物)の生息地(亀岡市保津町)における大規模スポーツ施設の建設計画を発表して以降、全国の学術団体、自然保護団体、市民団体、さらには環境大臣が、生物多様性保全の観点から本計画に強い懸念をもち、京都府および亀岡市に対して、多数の意見書や要望書を提出しています。日本魚類学会もまた、平成25年3月と5月および平成27年3月に貴職ならびに亀岡市長に意見書を提出しています。この間、京都府と亀岡市は、環境保全対策については、「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)に係る環境保全専門家会議」(以下、環境保全専門家会議)で検討を行い、その意見を十分に聞きながら事業を進めるとしています。一方で、アユモドキ等の生息地周辺では、施設計画地および亀岡駅北地区において都市計画変更が行われ、土地利用の大幅な改変がすでに進められつつあります。さらには、環境保全専門家会議による環境影響評価に先立って、京都府では本計画について近々に「公共事業評価に係る第三者委員会」に諮り、事業予算を計上する運びと伺っています。
 日本魚類学会では、公開された環境保全専門家会議の会議録や、専門家会議委員、環境省、文化庁、京都府および亀岡市の行政関係者からの度重なるヒアリング等に基づき、環境保全対策に関する議論や検討の動向を注意深く見守ってきたところです。この4月には京都府と亀岡市から「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)の整備計画の策定に当たり考慮するべき基本方針について(素案)」(以下、整備基本方針)が公表され、さらに京都府からは新たな公共事業モデルとして、実施計画と建設工事を併走させる事業方式の導入と採用が提案されています。これらの内容を拝見し検討した結果、現行の計画は、アユモドキ等多くの希少生物を含む貴重な湿地生態系の保全を実現する保証がないまま、実施設計、本体工事へと進行する工程となっており、結果として、アユモドキ等に対して取り返しのつかない悪影響を与えることを懸念せざるをえないものとなっています。
 日本魚類学会では、この大規模開発計画の現状や時期尚早な公共事業事前評価の実施によって、環境保全専門家会議と府の公共事業評価の仕組みの両方が形骸化されるだけでなく、実施計画が策定され、それに基づき建設工事が実際に進行することによって、かけがえのない自然環境が不可逆的に損なわれてしまうことを深く憂慮しています。そのような事態に陥らないよう、貴職におかれましては、京都府民、また日本国民のかけがえのない自然遺産であるアユモドキおよび当地の湿地生態系の保全を第一の優先事項として、生物多様性保全の基本である予防原則に則り、本計画が拙速に進められることがないよう、ここに強く要望いたします。

(1)環境影響評価と保全対策の立案が実施されていない現状で事前評価は不可能です。
 京都府と亀岡市は環境保全専門家会議において、環境保全対策を検討するとしてきました。しかし、環境保全専門家会議において、環境影響評価、つまり事業がアユモドキ等のすむ湿地生態系に対して与えうる影響の評価は、まだ行われていません。これは平成25年後半からの2年足らずの調査期間で到底成し遂げられるものではありません。このことは計画用地内に公園およびスタジアムを建設した場合に、アユモドキ等の保全が果たして可能かどうかすら判断できていないことを意味します。当然のことながら、悪影響を回避する保全対策も立案されておりません。整備基本方針の中でも、「(対策により)アユモドキが保全される保証は、現段階では不明であり、さらなる検討を要する」、「(対応策の)各項目については、検討中のものや未検討のものを含んでおり...さらに検討していく必要がある」といった記述が並んでいます。このような段階で、京都府公共事業事前評価実施要綱の定める「良好な環境の形成・保全」に対する事前評価を行うことができるとは考えられません。

(2)実施設計と建設工事を併走し実施する新たな事業方式は、工事期間を短縮するためのものであり、現実には保全策の選択肢を狭めるものです。
 京都府は、当初わずか4年間でスタジアムを完成させると計画しており、現時点では1年延長した平成29年度の完成を目指しています。しかし、本計画の大前提として謳われている「自然との共生」を実現させながら、あと3年足らずで保全対策の立案、実施設計、建設工事を完了するのは困難な状況にあります。そこで京都府はこのたび、実施設計と建設工事を併行して進める新たな公共事業方式を導入し、未解決な課題は後回しにしながら、建設事業を推進することを可能としています。
 しかし、現状は、これから本格的な野外実証実験等が始められ、それらの結果に基づき、用地内での開発とアユモドキ等の保全の両立の可否を含む環境影響評価と保全対策の立案がようやくなされようとしている初期段階といえます。にもかかわらず、それに先立って実施設計および建設工事に入ることは、保全策の選択肢を大幅に狭めながら、取り返しの付かない状況へ導くことにつながります。
 また京都府は実施設計・建設工事が始まってからも、専門家によるチェックと柔軟な設計変更が可能と説明していますが、実際にはそのような変更が可能な範囲やタイミングは限定され、本来あるべき順応的な対応ができないことが予期されます。また本事業によるアユモドキ等への不可逆的な悪影響は短期的に現れるものばかりではありません。
 以上のような状況で事前評価を行い、事業計画を認めることは、公共事業評価の仕組みを形骸化させます。

(3)本計画は、生物多様性保全やその他の観点から、国内外の学術団体、自然保護団体、市民団体より、まれに見る規模で、再考を求める意見が届けられています。
 平成24年12月末の計画発表以来、これまでに、計画の再考を求め、約20団体から30以上に及ぶ意見書・要望書が貴職および亀岡市長に届けられています。これにはわれわれ日本魚類学会や日本生態学会といった専門学術団体、WWFジャパンやコンサベーション・インターナショナル・ジャパン、日本自然保護協会をはじめとする自然保護団体が含まれます。これらの団体は、これまでアユモドキはもちろんのこと、長年国内の自然環境保全に専門的見地から努力を傾け、京都府を含め、行政にも協力してきた専門家からなるものです。
 これらの意見書に対し、貴職は昨年の議会の席で、経緯を知らぬ者が一方的に意見を送りつけ、地元に対して失礼である、という意味の発言をされています。京都府および亀岡市が謳う「自然との共生」に賛同・協調し、それを実現するために誠実な気持ちから提出された専門的意見に対し、府市が一部の利害関係者等からの開発要望を盾として、真摯に受け止める姿勢を示されないことは大変遺憾に思います。現状の建設推進の基本にある「大規模開発と自然環境保全が両立する」という前提には、そもそもまったく根拠がありません。

 以上のとおり、京都府が現在進めようとしいる公共事業事前評価と、それに引き続く新方式による事業推進は、自然環境保全の観点から明らかに時期尚早であり、アユモドキ等の希少種の存続に対する保証を欠いたまま、後戻りできない状況に踏み込む重大な契機となりえます。拙速な事業の推進よりも、確実なアユモドキ等の存続を含めた自然環境保全の実現が優先されることは言うまでもありません。サッカースタジアムは別の場所に建設することが可能ですが、アユモドキ等が健全に生息できる自然環境は当該地でしか保全できません。貴重でかけがえのない自然環境の保全を確かなものとしていくために、本計画の進行を一旦踏みとどめ、合理性と実現性に欠く当該地での開発を前提としない、専門的で公平な判断に基づく計画の再考を切に求めます。
 
<本件に関する問い合わせ先・回答返送先>
日本魚類学会 自然保護委員会 委員長 森 誠一
〒503-8550 大垣市北方町5-50
岐阜経済大学地域連携推進センター
電子メール:smori@gifu-keizai.ac.jp