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  2015年度日本魚類学会賞(奨励賞および論文賞)の選考経緯と理由について

学会賞選考委員会

 
 2015年4月24日に,北海道大学東京オフィスにおいて学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には中島 淳氏(福岡県保環研)を,また論文賞候補には以下の2編を選考した.
  • Kuriiwa K, Chiba S, Motomura H, Matsuura K (2014) Phylogeography of Blacktip Grouper, Epinephelus fasciatus (Perciformes: Serranidae), and influence of the Kuroshio Current on cryptic lineages and genetic population structure. Ichthyological Research, 61:361-374.
  • 舟尾俊範・高倉耕一・西田隆義・沢田裕一 (2014) 標識再捕獲調査とベイズモデルによるナマズSilurus asotusの繁殖集団の動態の推定. 魚類学雑誌,61:15-26.
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.

I. 奨励賞候補
 奨励賞には3名の応募(他薦2, 自薦1)があった.いずれの候補者も奨励賞を受けるに相応しい研究業績を有していると判断され,それぞれの研究分野において顕著な業績をあげていることが確認された.各応募者の研究活動のインパクト,国際誌への掲載論文数,将来性,研究およびそれにもとづく社会活動や本学会での活動状況を基準に評価を行った.研究および活動内容について詳細に討議した結果,最終的に全員一致で中島 淳氏を選出した.

中島 淳氏(福岡県保健環境研究所)の選考理由
 中島 淳氏は2014年12月31日時点で37歳,福岡県保険環境研究所に研究職員として勤務している.論文総数は71編で,うち筆頭著者論文は23編である.総数のうち35報が国際誌に(うち6報はIchthyological Research),13報が魚類学雑誌に掲載されており,Ichthyological Researchに掲載された論文(九州北部のタナゴ亜科魚類の分布予測)では,2014年度に日本魚類学会論文賞を受賞している.
 同氏はこれまで,おもに九州地域をフィールドに,淡水魚の生態や生活史,生態および生物地理的観点からの分布,分類学的研究など,数多くの研究成果をあげてきた.とくに,1950年代初頭に問題が認識されて以来,未解決だったスジシマドジョウ類の分類学的整理を行ったことは特筆すべきである.また,「福岡県における純淡水魚類の地理的分布パターン」(2006年,魚類学雑誌)は,近年の保全生物学的手法と して多用されるようになった空間分布モデルの先駆けの一つとなった研究である.生態地理的研究の応用面では,淡水魚類の種多様性を指標とした水環境評価法の研究への取り組みが高く評価されている(日本水環境学会九州支部学術奨励賞受賞).さらに同氏の他の候補者にない特筆すべき点は,一般的な魚類学にとどまることなく,漁業や魚食文化,江戸期の書物から推定される近世魚類相の報告などの幅広い研究活動への取り組みである.その範囲は水生昆虫類にまでおよんでおり,保全の取り組みにおいて,魚類以外の生物への配慮もおこたりないことをうかがわせる.
 生物多様性の保全が社会的に求められる今日,同氏はこのように幅広い研究活動の成果を社会へ積極的に還元し,その推進に大きく貢献している.日本魚類学会では自然保護委員会で活躍しており,国交省や福岡県の環境保全に関する各種委員に就任し,さらに,自治体,学会,大学,NPOなどが主催する講演会や自然観察会などで講師を数多く務めている.
 以上のように,Ichthyological Researchや魚類学雑誌をはじめとした学術誌に優れた論文を多数発表して魚類学の進歩に多大な貢献をしたこと,魚類を中心とした水環境の保全活動に欠くことのできない人材であること,将来の活躍がますます期待されることの3点により,中島 淳氏を2015年度魚類学会奨励賞に最もふさわしい若手研究者として選出した.

II. 論文賞候補の選考について
 自薦および編集委員会推薦による8編を対象に選考を行った.うち編集委員会推薦の1編の筆頭著者は学会賞選考委員であり,当人から本年度については選考対象となることを辞退したい旨表明があり,了承された.また,共著者に学会賞選考委員を含む編集委員会推薦の1編については,当該委員が選考の議論に加わらないこととした.選考対象からはずれた1編をのぞく残りの7編について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さと達成困難度,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.その結果,議論に参加した委員の全員一致で,上記の2編を論文賞候補として決定した.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
  • Kuriiwa K, Chiba S, Motomura H, Matsuura K (2014) Phylogeography of Blacktip Grouper, Epinephelus fasciatus (Perciformes: Serranidae), and influence of the Kuroshio Current on cryptic lineages and genetic population structure. Ichthyological Research, 61:361-374.

     本論文は,インド・太平洋域に広く分布するアカハタの黒潮流域に分布する集団について,ミトコンドリアDNAの塩基配列解析によってその母系の遺伝的集団構造を明らかにした論文である.日本近海の生物多様性の成り立ちを考える際,黒潮の影響を評価することは最も重要な項目の一つであるが,これまでは魚類相にもとづく考察が主要なものであった.しかし本研究は,アカハタという単一種について詳細な系統地理学的構造を解明し,これにもとづいて黒潮の影響の考察を試みた点で先駆的研究の一つと評価できる.
     本論文は,日本列島の広大な黒潮(およびその反流)流域内の約20カ所から400個体を収集し,熱帯西部太平洋の4カ国から得た約140個体と併せて集団遺伝学的解析を行い,以下の2点を明白に示した.1) 調査地域内には3つの母系系統が認められ,2) これらは多くの地点で混在し,その組成から集団遺伝学的には3つの地理的グループ(小笠原諸島,南日本沿岸,琉球列島とその他の熱帯西部太平洋域)が存在する.3つの母系系統をそれぞれ独立の集団として扱って人口学的な解析を行っていることについては,核DNAデータによる補強が望まれるが,5年をかけて網羅的に収集したサンプルから明らかになった集団構造は,今後,日本近海の生物多様性を黒潮の影響という側面から考察する際には欠かせない基礎データになると考えられる.さらに,他種における同様のデータの蓄積を促進することも期待され,以上の諸点から,最終的に全員一致で論文賞にふさわしいと判断した.

  • 舟尾俊範・高倉耕一・西田隆義・沢田裕一 (2014) 標識再捕獲調査とベイズモデルによるナマズSilurus asotusの繁殖集団の動態の推定. 魚類学雑誌,61:15-26.

     本論文は,琵琶湖東岸部において,ナマズの繁殖集団の個体群構造や産卵遡上に関して標識再捕法とベイズ統計モデルを用いて定量的に解析し,関連する生態特性の推定を行ったものである.ナマズのような大型で密度の低い,また夜行性の魚類の生態を詳細に調べるのは一般に難しい.しかし著者らは,2年間にわたり,繁殖期を含む期間に深夜の目視調査や標識再捕調査を継続的に実施し,貴重な野外データを収集した.また単なる記載的研究にとどまらず,繁殖集団の動態や標識再捕過程に関する統計モデルを作成し,ベイズ推定法により,繁殖集団サイズ,性比,遡上率等の重要なパラメータの推定を実現した.その結果,想定された河口部の繁殖集団は100個体前後からなり,その性比は,雌に若干偏る遡上集団よりもさらに大きく雌に偏っていることなどを明らかにしている.データセットの制約から推定の精度は必ずしも高いとは言い難いものの,琵琶湖のナマズのような調査が容易でない対象に対して統計モデルを駆使した解析を行うことで,観察・記載のみでは明らかにしがたい興味深い現象を見いだしている.以上のように,本論文は,一般的なフィールド調査のみでは個体群生態学的な研究が難しい魚種において統計モデリングの有用性を示したという点で,本研究の成果を超えて,魚類生態学研究の進展に貢献するものである.以上の諸点から,最終的に全員一致で論文賞にふさわしいと判断した
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