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  2010年度日本魚類学会賞(奨励賞および論文賞)の選考経緯と理由について

学会賞選考委員会委員長  矢部 衞

 
 本年5月17日に,東京海洋大学において学会賞選考委員会を開催し,公平かつ慎重な審議の結果,奨励賞候補には高橋鉄美氏(京都大学)を,また論文賞候補には以下の2編を選考した.
  • Miya, M., N. I. Holcroft, T. P. Satoh, M. Yamaguchi, M. Nishida and E. O. Wiley. 2007. Mitochondrial genome and a nuclear gene indicate a novel phylogenetic position of deep-sea tube-eye fish (Stylephoridae). Ichthyological Research, 54(4): 323-332.

  • Horinouchi, M. 2009. Horizontal gradient in fish assemblage structures in and around a seagrass habitat: some implication for seagrass habitat conservation. Ichthyological Research, 56(2): 109-125.
以下に,各賞候補について,その審査過程と選考理由を記す.

I. 奨励賞候補
奨励賞には5名の応募があった.まず,これらの方々が,それぞれ奨励賞候補者となるに相応する研究業績を有していることを確認した.その後,各応募者の研究の斬新さ,各専門分野の研究進展へのインパクト,国際誌への掲載論文数,将来性,教育面での貢献,年齢等を基準に評価を行った.その結果,甲乙付けがたいと評価された候補者について最終的に委員の挙手により多数決を取り,上記の高橋鉄美氏を奨励賞候補として決定した.

高橋鉄美氏(京都大学)の選考理由
 高橋鉄美氏は現在39歳で,京都大学に在籍するグローバルCOE研究員である.彼の研究業績は,論文総数26編で,そのうち国際誌に掲載された論文は23編,また筆頭著者論文が24編あり,若手研究者としては量質ともに優れた実績を有していると評価された.
 同氏は大学時代から現在に至るまで,タンガニイカ湖産シクリッド(カワスズメ科魚類)の系統分類学,進化生態学に関する研究に精力的に取り組んできた.北海道大学の大学院時代には,本湖産シクリッド全53属の比較解剖を行い,形態形質を使った系統解析に基づき,新たな分類体系を提唱するとともに,多くの分類学的な問題点を解決した.この新分類体系は,それまで主流であったPoll(1986)の分類体系に替わり,現在では国際的に定着しつつある.また,この研究で,同氏は2004年日本魚類学会論文賞を受賞している.学位取得後は,滋賀県立琵琶湖博物館でポスドク研究員として研究を継続し,統計学的手法を種分類の記載論文に適用する新たな試みや,コンピューターを用いた種同定ツールの開発などを行い,また,分子生物的手法を取り入れた集団レベルの解析にも着手している.京都大学に移ってからは,さらに幾何学的形態計測法,DNAのシーケンス,マイクロサテライト,生態観察などの手法を習得し,本湖産シクリッドの進化生態学的研究をさらに深化させてきた.その大きな成果として,左右性に関わる異型交配の発見と,貝棲みシクリッドにおける分断自然選択の解明が挙げられ,国際的に高く評価されている.また最近では,本湖産シクリッドに見られる色彩多型の遺伝的基盤を探る研究を開始している.さらに,これらの研究面に加え,同氏は滋賀県立大学などで非常勤講師として大学教育に携わってきている.
 以上のように,高橋氏は分類学的基盤を自らが確立した上で,現地における潜水観察,形態・生態・遺伝学的な解析,飼育実験などの様々な手法を駆使し,タンガニイカ湖産シクリッドの進化生態学的研究を展開・深化させた点において,魚類学の進展に大きく貢献したものとして高く評価され,また将来にわたっての活躍が期待できるとみなされた.これらのことから,委員会では,高橋鉄美氏が魚類学会奨励賞候補に最も相応する研究者であるとして選考した.

II. 論文賞候補の選考について
 論文賞は自薦,編集委員会推薦を併せて8編の応募があった.これらの論文について,研究論文としての完成度,研究方法や内容の斬新さ,各専門分野と魚類学の進展への貢献などを基準に評価を行った.その結果,上記の2編の論文が論文賞候補として最適であると,委員全員の一致で決定された.以下に,各論文が高く評価された理由を記す.
  1. Miya, M., N. I. Holcroft, T. P. Satoh, M. Yamaguchi, M. Nishida and E. O. Wiley. 2007. Mitochondrial genome and a nuclear gene indicate a novel phylogenetic position of deep-sea tube-eye fish (Stylephoridae). Ichthyological Research, 54(4): 323-332.
     本論文は,従来からアカマンボウ目魚類として疑うことのなかった深海性魚類Stylephorus chordatus(Stylephoridae:1属1種)の系統学的位置を,ミトゲノム全長配列と核遺伝子(RAG1)の詳細な比較分析により明らかにしたものである.系統解析の結果,本種をアカマンボウ目魚類とする帰無仮説は統計的に棄却され,むしろタラ目に近縁であることを明らかにした.また,本種とタラ目との近縁性を示唆する形態形質は特定されていないものの,これまでアカマンボウ目の共有派生形質とされてきた4つの形態形質について再検討し,本種がそのうち少なくとも2つを欠くことを示した.本論文は分子系統学的な解析を基軸に形態学的な再検討を加味して,魚類系統学の既成概念を覆す新知見を提示している点が高く評価され,魚類学の進展に大きく寄与する研究成果と認められたことから,論文賞候補に相応する論文であるとして選考された.

  2. Horinouchi, M. 2009. Horizontal gradient in fish assemblage structures in and around a seagrass habitat: some implication for seagrass habitat conservation. Ichthyological Research, 56(2): 109-125.
     本論文は,海草藻場とその周辺における魚類群集構造の水平方向の位置による違いを詳細な潜水観察と多面的な解析により明らかにしたものである.その結果,海草藻場の際のオープンな場所(外部のギャップ)や海草藻場内部の砂地パッチ内部の海草に隣接したオープンな場所(内部のギャップ),また海草藻場近傍の砂泥地の魚類の群集構造にとっての意義が示された.また,優占種の分布パターンを区分し,それらの分布パターンの組み合わせにより群集構造の水平方向の勾配が生じるものと推定した.これらの結果は,海草藻場の保全を考える上で,これまで認識されてきた藻場のエッジとコアに加え,ギャップの概念も含める必要があることを示唆するものである.これらのことから本論文は魚類学の進展に大きく寄与するものとして高く評価され,また論文としての完成度も高いことから,論文賞候補に相応する論文であるとして選考された.
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